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第四章 学園生活Ⅱ-1

†  †  †  † 始業式当日の朝。 枕元に置いてあった携帯を見ると、まだ6時だった。いつもより早い目覚め。 結局昨日は、午後からしっかりと爆睡してしまい、夕飯を食べに行くまで起きる事はなかった。 昼間の寝過ぎで夜の睡眠があまりよくとれなかったのは、もちろん自分のせいだ。 でも、眠りが浅くなってしまった一番の原因は、たぶん、隣のベッドで寝ている人物のせいだと思う。 昼間のあの微睡(まどろみ)の中の記憶がいったいなんだったのか…。 夢だったのか現実だったのか、いまだにわからない。 眠っている秋を見ながら、無意識に自分の唇を指でなぞった。 …でも、秋が俺にキスなんてするわけがない…。 ってことは夢? そんな夢を見るほど俺は欲求不満だって事? そんなばかな…、もしそうなら情けなさ過ぎる。 でも、夢じゃないとしたら現実って事で…、しっかりと顔を見てはいないけど、あの時の相手が秋なのは間違いない。 俺の名前を呼んだあの声、あの気配。そして、いつもの香り。 でも秋がキスなんて…。 と、ここまできてまた最初の考えに戻り、堂々巡りの果てない悩みが続く。 昨日の夕飯時になって目を覚ました俺に、秋は「久しぶりだね。元気だった?」なんて話しかけてきたけど、そこにおかしな態度は微塵もなく本当に普通だった。 …やっぱり俺の勘違い?…そうだよな、そういう事にしておこう。 無理矢理自分を納得させてベッドから下り立った。 「……――だからと言って、夏休みが終わった今、だらけた生活が許されるわけではありません。今日からまた始まる学園生活を、規律にのっとり正しく過ごして下さい。くれぐれも夏休み気分を引きずらないように。以上」 教頭の長い訓辞がようやく終わった。これでやっと始業式も終わりだ。 月城学園の始業式は、寮から直接講堂に集まって行われる為、まだ真藤達とは挨拶しか交わしていない。 これから教室に戻れば、夏休みの話で盛り上がるのは確実。 そういえば、秋とは少し話をしただけで、まだまともに会話をしていない。 こういう学校行事がある時は非常に忙しいらしく、昨日から部屋を出たり入ったりしていた。 …たぶん、あの人も忙しいんだろうけど、そうは見えないのが不思議だよな…。 そんな事を思いながら壇上に視線を向けると、その本人である鷹宮さんが、挨拶と共に今日からの生活注意事項を述べていた。 生徒達は、教頭の時よりも熱心に話を聞いている。 あまりにあからさま過ぎて、少しだけ教頭が可哀そうに思えてしまったくらいだ。 まぁでも、教頭の普段の意地悪な態度を知れば、誰でも無視したくもなるだろう。 常に生徒達の為に頑張っている鷹宮さんと比べれば、月とスッポン程にその中身が違う。 …もちろん外見も。 「天原、ボーっとしてないで教室に戻るぞ」 なんであんなのが月城の教頭なのかな…なんて、考えてもしょうがない事に疑問を持っている内に、いつの間にか始業式は全て終わっていたらしい。 ボケーっと立ちつくしてる俺に、真藤が怪訝そうに眉をひそめて後ろから声をかけてきた。 「あぁ…、うん。戻ろう」 「なんだ、やっぱりお前も休みボケで今朝の目覚めが悪かったのか」 「俺は普通に起きたよっ。前嶋と一緒にするな」 講堂を出て歩きながら吠えるように言い返すと、ククッと真藤が笑う。 実は、今この場に前嶋は来ていない。 始業式ギリギリになっても姿を現さない前嶋を心配して、薫が前嶋の同室の奴に話を聞いたところ、 「あいつ今ごろベッドで熟睡中よ。俺がいくら起こしても起きないから放置プレイ中」 と言って笑っていたらしい。 それを聞いて「馬鹿決定だな」と真顔で呟いたのは真藤だ。 「笹原、絶対に笑顔で怒ると思う」 「自業自得だろ」 「そうとも言うな」 担任の笹原は“大魔人”の異名を持っている。編入初日に感じた「優しそう」という言葉など、今は微塵も感じられない。 クラスの誰かが曽祖父?から教えてもらったらしい”大魔人”というキャラクターが、笹原にピッタリだと言い出したのが始まりだった。 そいつ曰く、 「大魔人って顔が二つあって、普段は優しい顔なのに、怒った時に顔の前で腕を交差させると般若のような怒り顔に変わるんだって。笹原そっくりだよな」 だそうだ。 そんな呼び名が笹原の耳に入った時の事を考えるだけで恐ろしい…。

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