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学園生活Ⅱ-2
そして、冗談混じりにくだらない事を話しながら歩いている内に、教室に辿り着いた。
扉の向こうが静かなのをみると、どうやら俺と真藤が一番らしい。
「みんなどこに寄り道してるんだ…」
同時に講堂を出たはずが、いまだに誰も辿り着いていない状況に呆れながら扉を開ける。
「お~!天原と真藤、昨日振り~!」
「………」
「………」
バタンッ
今開けたばかりの扉を勢い良く閉めてしまった。
「…真藤…、今の、前嶋に見えたんだけど…」
「いや、気のせいだ…。どこかの動物園の猿が逃げ出してきたんだろ」
顔を付き合わせて真面目にそんな会話をしていると、数秒後、扉が勢いよく開いた。
「なんで閉めるんだよ!ちょっと酷くない!?」
情けなさそうに訴えるその姿は、やっぱり前嶋本人だった。
…なにやってるんだコイツは…。
俺達二人の呆れた表情に気がついたのか、前嶋は突然ワタワタと慌てた様子で扉前から体をずらし、手を教室に向けて伸ばす。
「始業式お疲れ様っした!どうぞ中へ!」
腰を低く落として言うその姿。
これは紛れもなく…。
「ヤクザの舎弟かお前は…」
俺が思ったのと同じ事を、真藤が更に呆れた口調で呟いた。
また笑いのツボにはまりそう。
「ヒドっ!ただ俺は二人を労おうと思って…、って…天原!なに隠れて笑ってんだよっ!」
真藤の背中の影に隠れて笑っていたのがばれてしまった。
咳払いで気を取り直してから前嶋を見ると、思いっきり拗ねた表情でこっちを見ている。
そして真藤は、まるで何事もなかったかのように一人でさっさと教室に入ってしまった。
放置…?ここでも放置プレイですか?
同室者にも放置され、真藤にも放置され…。
思わず憐みの眼差しを前嶋に向けたものの、「ひどい…」と呟いている姿が妙に面白くて、ついつい俺まで放置プレイに参加してしまった。
何も言わずにさりげなくその場を去る。
俺にまでスルーされた事に気がついたのか、背後で前嶋の「NO~~っ!」という何故かアメリカンな口調で叫ぶ声が聞こえてきた。
その内に、次々と教室に戻ってきたクラスメイト達から「お~、笹原への生贄発見」なんて苛められて顔を引き攣らせる始末。
不憫な…。
「天原、顔が笑ってる」
「え、そうか?気のせい気のせい」
席に着いたと同時に言われた真藤からの指摘に、思わず頬をパチパチ叩いて緩みを正す。
前嶋を見てると不憫なのに笑っちゃうんだよな、…ホント不思議だよ。
一斉にぞろぞろと戻ってきたクラスメイト達の姿を見るともなしに眺めていると、その中に埋もれるように歩いてくる小柄な薫の姿を見つけた。
さっき真藤から聞いた話では、どうやら薫は9月からテニス部の部長になるらしく、暫くの間は忙しいらしい。
ニコニコと笑いながら俺と真藤に手を振っている姿からは想像もつかないような、鬼部長になると思われる。
そんな薫が席に着いてすぐ、担任の笹原が教室に入ってきた。
「はい、みんな席に着いてー。…初日から欠席は前嶋だけかな」
優しく微笑みながら言っている割には、その目は獲物を捕らえるかのごとく確実に前嶋の方を向いている。
いるのがわかってるのに欠席扱い。さすが笹原先生。怖すぎる。
後ろからだと前嶋の顔は見えないけれど、絶対に冷や汗を垂らして引き攣っているだろう。
「明日からは通常の授業に戻るから、くれぐれも遅刻する事のないように。以上」
それ以外は特になんの話もないまま、ホームルームとも呼べないほどの短時間で笹原は教室を出ていってしまった。
休み明け早々に長い話をされるのもイヤだけど、何も言われないのもこれはこれで不安な気がする。大丈夫か?
教室を出て行く笹原を疑惑の眼差しで見送ったあと、後ろから薫の背中を軽く叩いた。
「ん~?何、どうしたの?…あ、もしかして前嶋君を苛めようの会開催?」
「そんな会ないだろ…。っていうかあれ以上苛めるのはさすがに気の毒な気が…」
振り向き様に言い放った薫の言葉に、思わず苦笑いが出てしまう。
「天原~!傷心の俺を慰めて~!」
「…ぅわ…っ」
何かの叫びと共に、突然首に何かが巻きついた。
く、苦しい…ッ。
首に回された誰かの腕を掴んで引き離そうとしても、思った以上に力が強くてビクともしない。
なんでヘッドロックされてるんだ俺は。
「おい。天原が酸欠で死ぬぞ」
「ぁあっ!ゴメン天原!」
真藤の声にようやく俺の状態に気がついたらしく、ヘッドロックをかけてきた張本人前嶋の腕が慌てたように解かれる。
その途端、肺に新鮮な空気が流れ込んで思わず咽 た。
こ、殺されるかと思った…。
首を撫でながら前嶋を睨んだけど、「ごめん!」と何度も謝ってくるその姿がまるでヘタリと尻尾を垂れ落とした犬のように見えて、怒ることも忘れてつい笑ってしまった。
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