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学園生活Ⅱ-3
「いいよ、もう。…それより、何が傷心だって?」
そう聞いた瞬間、よくぞ聞いてくれたとばかりに前嶋が身を乗り出してきた。
ぶつかりそうになった顔に驚いて、反射的に背を仰け反らせる。
「前嶋君が傷心なんて、食べたかったお菓子が売り切れてたとか、そんなんでしょ~?」
「バカ言うなよ薫ちゃん!俺の傷心はもっと奥が深いものなんだぞ!」
「…どうみてもお前の傷心は浅そうだな」
真藤の一言に、俺と薫が「間違いない」と間髪入れずに大きく頷く。
それを見た前嶋がさすがに怒りだし、何かを喚こうとしたのだろう、口を大きく開いた。その瞬間。
それまでざわついていた教室内が、突然ピタリと静まり返った。
…ん?
あからさまにおかしな空気。
なんだ?と四人で顔を見合わせた後、それぞれ教室内に視線を巡らすと、皆が一様にドア付近を見ている光景が視界に入ってきた。
自ずとその流れに乗ってドア方向を見る。
ぇえ…ッ!?
「み…っ!」
そこにいた人物の名前を叫びそうなって、慌てて唇を噛み締めた。
なんでアイツがいるんだよ!?
俺…じゃないよな?…俺がこのクラスだなんて教えた事ないし…。
冷や汗タラタラ状態で、机に身を突っ伏す。
こうすれば見つからないだろう…という浅はかな思いで…。
「おい…。なに寝てんだよ」
……やっぱり、俺…?
いつの間にか教室内に入ってきたらしく、思いっきり真横から声がする。
観念して溜息を吐きながら上半身を起こすと、俺の横に立つ人物を興味津々に凝視している薫と、険しい眼差しの真藤がまず視界に入った。
そして次に、口をポカっと開けて驚いたように見ている前嶋の姿。
「おい、目ぇ開けたまま寝るな」
いつまでたっても自分の方を向かない俺に焦れたのか、突然頭をグワッと掴まれてその本人を見るように動かされる。
首がもげる!
「先輩は敬いましょうって習っただろっ宮原!」
「そんなものは知らねぇなぁ。それよりも、ちょっと来いよ」
「そんなものって、お前…、…は?来いって、どこへ…、ちょ…待っ…!」
意味がわからないまま腕を掴まれて椅子から立たされ、そのままズルズルと引きずられて行く。
引きずられながら教室内を横断する際、宮原と目を合わさないようにするクラスメイトの様子に、そんな場合じゃないのはわかっていても笑いそうになった。
メデューサかよ。
視界の端に映った薫が笑顔で手を振っているのを見て、俺も自棄になって手を振り返してやった。
教室を出た後、何も言わない宮原に引きずられて行き着いた先は、陽がジリジリ照り付ける屋上。
そろそろ残暑と言われる時期になるけど、暑さは残暑どころじゃなく普通に猛暑だ。
屋外の暑さに怯んだ俺に気がついたのか、宮原は掴んだままの腕を引っ張るようにして給水棟の影まで移動した。
影に入れば、吹き抜ける風のおかげで少しは涼しさが感じられる。
やっと一息つけたところで、ようやく腕が離された。手首を見ると、掴まれていた部分が赤くなっている。
…馬鹿力め。
給水棟の壁に寄りかかって悠々と空を見ている相手をムスーっと睨んだけれど、本人はなんで睨まれているのか全くわからないらしく、「なんだよ…」と不機嫌そうに呟いている。
なんだよ、と言いたいのは俺の方だ。無理やり拉致られた身にもなれ。
でも、あの月宮の森での出来事以来初めて顔を合わせた割には、思ったよりも普通でホッとした自分がいる。
最初の頃は、(あんな事をした相手と、どうやって顔を合わせたらいいんだ!)…って頭を悩ませていたけど、実際に会ってみると、あまりに宮原が自然体なせいか何事もなく会話が進む。
「夏休み、何してた?」
「夏休みは……家関係のパーティーに引っ張り出されてた」
パーティーの事は薫や真藤には言えなかったのに、何故か宮原相手だと構える事なく言えてしまう。
変かもしれないけど、いま付き合いがある中で一番本心を曝け出せるのは、宮原だけのような気がする。
俺が何を言ってもどうでもいい…というのとは違うけれど、“あぁそう”という感じであまり反応を返してこない事が、気負いなくいられる要因の一つだと思う。
案の定、俺の答えを聞いた宮原は、少ししてからくだらなそうに「あ~…あれか…」なんて呟いた。
それを耳にしてふと思った事がある。
今まで考えた事もなかったけど、月城にいるって事は宮原も何かしらの家事情があるんだろうな…、と。
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