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学園生活Ⅱ-5

「……黙ってないで何か言う事があるだろ…」 沈黙に耐えられなくなって、俯いたままボソッと呟いた。 会うたびに訳のわからない事をしてきて…。少しは反省して謝罪の言葉くらい言ってもバチは当たらないはずだ。 そういうつもりで言ったのに、宮原から即座に返ってきた言葉は、全くもって俺の想像の範疇を超えたものだった。 「俺のものになれよ」 「……は!?」 ちょっと待て。いったい何を言い出したんだ。 自分の耳に入ってきた言葉が理解出来ない。 咄嗟に顔を上げて宮原を見ても、本人は至って真面目な顔をしているのだから恐ろしい。 「俺は、そういう事を言えって言ったわけじゃなくて!」 「何か言えって言われて、言いたい事を言って何が悪い」 「それは…そうだけど…。そうじゃなくて、俺は謝罪とかの…、…って、ちょっ…、なんだよっ」 肘を曲げ、鼻先がぶつかるほどの距離で顔を覗き込まれる。 後退りたくても、壁に寄りかかっている状態ではそれもできない。 それどころかもう片方の手まで顔の横に置かれてしまい、まるで宮原の作る檻の中に囚われてしまった感覚に陥る。 細められた瞳に射抜かれて、目を逸らす事も許されない。 「…もう、寮に戻るから…、離れろよ」 「イヤだね」 「イヤだね…って、お前…」 堂々とした俺様っぷりに二の句が告げず固まった。 ここまで自分の欲望に素直だと何も言えなくなる。 宮原を見つめたまま呆然としていると、ある事実に気がついた。 …俺の周り、俺様な奴ばかりじゃないか…? 人の事を気にかけてくれる優しさを持ち合わせていながらも、性格自体は俺様属性。それも、こっちが困る時ほど発揮される。 「…ほんとありえないから…」 「は?…何が」 「何が、じゃない。お前のその態度の事だよっ。…もういいから、どいてくれる?」 溜息混じりに言いながら、顔の横にある宮原の腕を掴んだ、 …はずが、何故か逆に手首を掴まれて壁に押し付けられてしまった。 「…なん…だよ」 「返事は」 「返事?なんの?」 「俺のものになるって言う返事」 「そ、んな返事するわけないだろ!」 「じゃあこのままだ」 「………」 断ればここから逃げられなくて、逃げたければ宮原のものになれって? どっちにしろ俺にとっては良くない状況になると決まっているのに、どっちかを選べって…、 …無理だろ。 半ば自棄気味に宮原を睨むと、睨まれた本人はいたってふてぶてしく鼻先で笑う。 なんで俺がこんな窮地に立たされなきゃいけないんだ。 「アンタさ、そういう態度が俺を煽ってるって、いい加減気づけよ」 「は!?煽ってるって何が!?」 「煽られた俺がどういう事すんのか、アンタ前に身をもって知っただろ」 「…ッ…あれは!」 月宮の森での事を示唆され、顔が一気に熱くなる。 目の前で意地悪く笑う顔に拳を入れてやりたい思いで、グッと右手を握り締めた。 こうなったら、無理矢理にでもこの拘束から逃れてやる。 意気込み熱く腹をくくった。その時。 校内と屋上を繋いでいる扉が、ガチャリと開く音がした。 そっちに気を取られたのか、俺の腕を掴んでいる宮原の手から力が抜け、その隙に慌てて腕を振り解いて目の前の体を両手で押し離す。 どうやら他人にこんな場面を見られたくないのは宮原も同じだったようで、抵抗もなく身を起こして離れていった。 自分の力だけでは振り解けなかっただろう事を思うと悔しいけど、とにかく今は助かったことを喜ぶべきだろう。 ホッと安堵の息を吐いてから扉付近の様子を窺うと、どうやら数人の生徒が寮に戻る前の息抜きに屋上まで出てきたようだった。 「今日からまた学校かー」「休み中の課題がまだ終わってねぇ」と、大半は嘆きの内容だ。 そのおかげで空気が変わった事に感謝しかない。 とろりとした密度のある空気から、夏の風が吹き抜けるサラリとした空気へ。途端に呼吸が楽になったのを感じる。 でも、ホッとしているのは俺だけだったようで、宮原は苛立たしそうに「チッ」と舌打ちをした。 「ガラ悪い。舌打ちするなよ」 「さっきの返事は暫く保留だ。時間をやるからには必ず頷けよ。次に俺が返事を求めた時は、……逃がさねぇからな」 「なッ…」 獰猛な気配を漂わせた眼差しで射抜かれて口ごもる俺を尻目に、宮原は悠々とした足取りで校舎内へ戻っていってしまった。 …逃がさないって言われたって…、どうすればいいんだよ…。 真っ白な思考回路を抱えて暫くの間ボーっと空を眺めていたけれど、今は何をどう考えても答えが出ない事だけはわかった。 前髪をグシャリとかき上げ、本日何度目かになる深い溜息をこれでもかとばかりに吐き出す。 悩み過ぎて消化不良を起こしそうだ。 そろそろ戻らないとなー…とは思うものの足は動かず。もう一度見上げた空の蒼さが今度は妙に目に焼きついて…、少しの間瞼を閉じてその場に立ち尽くした。

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