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学園生活Ⅱ-7

†  †  †  † 始業式から早数日。 夏休みボケしていた意識がようやう通常に戻ってきた今日この頃。 やっぱりおかしい周囲の俺に対する反応を除けば、至極平穏に日々を過ごしているのは喜ばしい事だ。 秋に対する妙なモヤモヤ感も、あまり深く考えなければ平静でいられるし、始業式の日以降は普通に話もしている。 とりあえず宮原とも会ってないし、鷹宮さんとも遭遇してないし、夏休み前の嫌がらせのような事も起きていない。 本当に平穏だ。 「ハァ~…」 体中の空気が抜けるほどの深い息が、自然と口から零れ落ちた。 授業が終わり、誰もいなくなった放課後の教室。 開けた窓の桟に浅く腰をかけてボンヤリと外を見ていると、今ここにいる自分が不思議に思えて仕方がない。 いつの間にか月城に馴染んでるな~、なんて、しみじみした気分に浸ってしまう。 「あ、天原。こんな所にいたのか」 不意に聞こえたその声に振り向くと、開いたままの扉からクラスメイトの一人が顔を覗かせていた。 前嶋とよく行動を共にしている藤沢(ふじさわ)だ。 あまり目立つようなタイプではないものの、その人柄の良さが前面に滲み出ている爽やか君として、クラスの中でも頼りにされている人物。 俺が振り向いたのと同時にホッとしたような表情をして近づいてくる藤沢に軽く片手を上げたけれど、途端に呆れたような眼差しを向けられた意味がわからない。 「天原って繊細そうにみえるのに、意外とマイペースだよなぁ…」 「なんだよ突然。それって褒めてる?」 「全っ然褒めてねぇよ」 「あぁ、そんな気はした」 目の前まで来た藤沢をムスッとして睨んでも、『暖簾(のれん)に腕押し』状態。ヘラリとした笑いを浮かべて気にもしていない。 笑って誤魔化せ的なこんなところは、前嶋と同類だ。 座っていた窓の桟から床に下り立ち、開けていた窓を閉めてから改めて「それで?」と先を促すと、そうだった…とばかりに慌てるその姿。 当初の目的を忘れるお前の方がマイペースだろ…。 今度はこっちが呆れた眼差しを向けると、マイペース藤沢がマイペースにさらりと問題発言をかましてくれた。 「会長が探してた」 「…かいちょう…?」 「かいちょう?じゃないよ。会長って言ったら鷹宮会長しかいないだろ」 「………」 こうして俺の束の間の平穏は、サラサラと音を立てて崩れ去っていくんだな…。 さっきとは違った意味の深い溜息が出る。 「生徒会室に来てほしいって言ってた」 「なんで生徒会室に…」 行きたくないけど、藤沢に迷惑をかけるわけにもいかない。 渋々頷いた俺を見て安心したように笑みを見せた藤沢は、来た時同様、あっという間に教室を出ていってしまった。 仕方がない…、行くか。 また妙な事に巻き込まれませんように…。 そんな祈りと共に教室を後にした。 「失礼します」 明らかに他の部屋とは違う木製の扉をノックしてから開ける。すると、これまた明らかに他の部屋とは違う雰囲気が目の前に広がる。 生徒会室ってこれが普通?…じゃないよな…。 置いてある机や椅子は普通なのに、応接セット用のソファが明らかに普通じゃない。 黒い革張りのそれは、どう見てもフェイクではなく本物。それもデザインからしてアンティーク物だ。 それらを唖然と眺めていたけれど、応接セットの向こう――いちばん奥の席にいた人物の笑みを含んだ眼差しに気が付いてハッと我に返る。 「鷹宮さん。お久しぶりです」 「久しぶり、元気だった?この一ヶ月まったく会えなかったせいで、深君に飢えちゃって自分を抑えるのに大変だったよ」 「……飢え…?…は……?…そ、そうですか…。それは…大変でしたね…?」 爽やかな笑顔で変な事を口走る相手に、思わず遠い目になってしまう。 そうだよ、この人はこういう人だった。 やっぱり来なければよかったかな…。 「そんな所に立ってないで、こっちにおいで」 できればこのまま帰りたい。今すぐ回れ右して帰りたい。 そんな俺の切実な願いなんて露ほども感じていないだろう鷹宮さんは、嬉しそうな笑みを浮かべて自分の横を示している。 仕方なく、まるで鉛が付いているかのように重い足を動かして、俺の行動を瞬きもせずに見つめてくる鷹宮さんの横まで近づいた。

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