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学園生活Ⅱ-8

「…なんでしょうか」 机に肘を着いて頬杖をついたまま、何がそんなに楽しいのか終始笑顔の相手に問いかけると、更に近づけとばかりに手で招かれる。 できればこれ以上近づきたくないけれど、このままだと用件すら話してもらえなさそうな様子に、諦めて今度こそ本当に触れそうな程の近くに立った。 「うんうん、素直な子は好きだよ。…っていうか君だったらもうなんでも好きだけどね」 「それは…どうも」 喜んでいいのか?ここは喜ぶべきところなのか!? 内心で自問自答しながらも、表向きは冷静に冷静に…。 「それで、鷹宮さん。用件は何ですか?」 「んー…、社会見学?」 「…は…?」 意味がわからない…。 なんとなく漂う嫌な予感に、冷静さを保とうとした顔も引き攣りそうになる。 足が勝手にジリジリと後退ろうとしたところで、突然伸ばされた鷹宮さんの片腕が腰に回された。そしてグイッと力強く引き寄せられる。 いきなりの事によろけながらもなんとか体勢を整えると、その間に腰に回されていた手が増えて両腕になる。 え?と思う間もなく、鷹宮さんが思いっきり抱き着いてきた。 「なッ…!?」 胸元にギュッと押し付けられた鷹宮さんの顔。 後輩や同級生だったら遠慮無くその顔を向こうに押しやれたけれど、先輩…のあげくに生徒会長ともあろう人を無下にする事も出来ず…。ただひたすら硬直する。 この両手はどうしたらいいんだ…。 自分の両手をどこにやればいいのかわからず、まるで犯人みたいにホールドアップしたこの状態。 「…鷹宮さん…、ちょっと、離れてくださ」 「イヤ」 「…即答ですか…」 言い終わる前に拒否の言葉が返ってきた。 こうなったら腕ずくで剥がしてやる。 ホールドアップしていた両手で腰に回されている鷹宮さんの腕を掴み、容赦無い力で引き剥がす。 それに伴い、離れないぞ!とばかりにますます腕に力を込める鷹宮さん。 「く…るし…っ…」 「あ、ごめん。やりすぎた」 グイグイと胴を締め付けられて本気で苦しんでいた俺の様子に気がついたらしく、そこでようやく腕が離れる。 …く、空気が美味しい…。 何度か深呼吸をして、足りなくなっていた酸素を補給した。 そんな俺を横目に、当の本人だけは至って満足そうだ。 「あぁ…、少しは飢えが解消された」 「…ソレハヨカッタデスネ…。ソレデハ、サヨウナラ…」 このままここにいたら死ぬんじゃないだろうか…。 絶対にろくでもない事に巻き込まれると確信し、早々に退散することを決めた俺。 クルっと回って180度向きを変え、扉に向かって足を踏み出した。…その時。 背後から聞こえたのは、さっきまでのやりとりは一体なんだったんだと思わんばかりの真面目な声。 「深君。生徒会の仕事、少しだけ見ていかない?」 「…え…?」 足を止めて振り返る俺の目に、さっきまでのヘラリとした表情ではなく至極真面目な顔をした鷹宮さんが映った。 その鋭い眼差しと思いっきり絡み合う視線。あまりの眼力の強さに、身動きが出来なくなってしまった。 「…な…んで…俺に?」 「その答えはいつかのお楽しみって事で」 「お楽しみって…」 俺が緊張に体を強張らせたのに気づいたのか、鷹宮さんの表情が緩んで、またいつもの軽口に戻る。 意味がわからなくて呆然としていたのも束の間、鷹宮さんは俺の返事を聞く間もなく、自分のやっている仕事をわかりやすくA4用紙に書き出し始めた。 「……――で、ここで委員会を召集して、意見をまとめて終わり。案さえ出てしまえば実行委員がいるから、後は彼らに任せれば良い」 「鷹宮さんって、本当に生徒会長なんですね…」 「…今までなんだと思ってたの…」 恨みがましい視線に思わずアハハと笑って誤魔化したけど、その笑いの効力は薄く、深い溜息を吐かれてしまった。 心なしか、項垂れたように肩まで落ちている。 この30分で簡単に流れだけは教えてもらったものの、想像以上にやる事が多くて驚いた後の正直な感想だからしょうがない。 マイペースに見えるけれど、実際はかなりのやり手なんだろう。 「とりあえず今日はこんなところかな。また追々教えていくから、呼んだ時はすぐに来るように。…ね?」 「なぜ俺が鷹宮さんの仕事を覚えなきゃならないのか、いまいちわからないですけど、…とりあえず、わかりました」 たぶん何か意味があるのだろう。そう考えて渋々と承諾する。するしかない。 この短期間で、鷹宮さんに対する抵抗は無意味だと身に染みて知っている。 げっそりした表情になっているだろう俺とは違って嬉しそうな鷹宮さん。 溜息を飲み込んで何気なく上げた視線の先には、壁に掛けられた時計。 それがかなりの時間を示している事に気がついて、さすがにちょっと慌てた。 「いつの間にこんな時間…。すみません、授業で出た課題をやらなければいけないので、これで失礼します」 「うん、長々と悪かったね。気をつけて帰るんだよ」 まだ仕事をするのだろう、帰る様子を見せない鷹宮さんに会釈をして、生徒会室を後にした。

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