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学園生活Ⅱ-10
† † † †
9月も終わりに近づいてきた金曜日の午後。
あまり天気の良くない曇り空の下、体育の授業として外のテニスコートに来ていた俺達は、薫にラケットを持たせると危険だという事を実感していた。
「コートの真ん中でただ立ち尽くしてどうするんだよお前は!俺に負けさせる気か!?」
「す、すみません!!」
二人一組のダブルスを組んで試合をやっている中、まるでブリザードでも吹いているかのような冷えた空気のコートが1つ。
「…薫?」
さっきまでは、いつものようにニコニコと天使のような笑みを浮かべていたはずなのに、試合が始まった途端、人格が豹変した。
このパターンの薫は、俺が嫌がらせの手紙を受け取った時に出会った気がする。
「この俺が、例え体育の授業だとしてもテニスで負けるなんて許されるはずがない。わかるか?」
「は、はい、わかります!その通りです!」
薫のパートナーは額から汗をダラダラ垂らして必死にコートに立っているけど、あれは今に恐怖失神するとみた…。不憫な奴…。
思わず俺まで顔を引き攣らせて見ていると、案の上、ボレーをミスして薫に睨まれた瞬間、パタッと倒れてしまった。
「現実逃避だな、あれ」
隣でボソッと呟いたのは真藤。
体育教師によりコートから運び出されている姿を見て、チッと薫が舌打ちをした。
…あれはダレですか。
ラケットを握ったら常にあんな状態になる薫がテニス部の部長だなんて、部員は皆泣きたいだろう。
でも、やっぱり部長に選ばれるだけあって薫は上手かった。
「2対1のままでいい」と言いきった姿に、本当に大丈夫か?と心配して見ていたけど、そんな心配は全く必要なかった。
素人2人なんて相手にならないんだろう、1人になってからの試合は全てラブゲーム、薫の一人勝ちだった。
「あ~、つまらなかった~。全然やりがいないよ~」
試合を終え、コートから出て俺達の横に来た薫は、もういつもの様子に戻っている。
目の前で見ていても、さっきの薫と今の薫、実は双子の別人じゃないのか?…と思ってしまう変貌ぶり。
「お前は手加減と言う言葉を知らないのか」
完膚なきまでに叩きのめされた相手二人は、コートを出た先の地面で転がっている。
左右前後に振り回されて延々と走り回っていたのだからご愁傷様だ。
それを横目で見ていた真藤が呆れたように言っているが、言われた当の本人はのんきに「なんの事~?」なんて欠伸をしている。
その内に、コートでは違う組の試合が始まった。
特に面白そうな組み合わせではなかった為に、俺達3人はコート横から離れて、斜めになっている芝生の上に座り込んだ。
「そういえば、この夏にローゼンヌが日本公演やってたの知ってる~?」
「知らない奴はいないだろ。俺も日本にいたならチケット手に入れて観に行きたかったよ」
「俺、行ってきた」
そう言った途端、2人の目の色が変わった。
「嘘!?よくチケット取れたね~…って、深君なら簡単に手に入るか…」
「やっぱり噂通り凄かったのか?」
羨ましそうな薫はさておき、真藤までローゼンヌに興味をもっているとは思わなかった。
超リアリストで、芸術系には一切興味がないように見えたのに。意外な一面発見。
興味津々の熱い視線に応えて、公演の一部始終を丁寧に情感込めて詳細に伝える。
もちろん、専門的な見方なんて出来ないから、俺の主観での意見だけど…。
「…――って感じで、本当に感動した。あ、そういえば、パンフ見たらオーナーの名前が鷹宮ってなってたからちょっと驚いた。一瞬、鷹宮さんと何か関係があるのかと思ったよ」
そんなわけないのに…と笑ってその話を終了するつもりだったのに、鷹宮さんの名前を出した途端、2人の顔色が変わった。
なんだ…?
「どうしたんだよ2人とも…。俺、何か変な事言った?」
両隣にいる2人の顔を交互に見ると、本人達は真顔で視線を交わして無言のやりとりをはじめる。
そして暫くしてから、俺の右側に座る薫が口を開いた。
「…あのね、実は…この学園内で、ある噂があってね…」
「噂?」
「うん…」
そこまで言ってまた沈黙する薫。
すると今度は、左側にいる真藤が話し出した。
「鷹宮会長の父親が、ローゼンヌのオーナーだって噂」
「は!?…う…そ…。それ、本当かよ?」
「だから、単なる噂だ。…おまけに、さらに凄い噂まである」
「…さらに凄いって…」
もったいぶった真藤の言い方に、緊張が走る。
鷹宮さんの父親がローゼンヌのオーナーという話以上の凄い噂って何。
「あくまでも噂だからな?……ローゼンヌの役者として、鷹宮会長も公演に出ているらしい…って」
「……嘘…だろ…?」
「だから、単なる噂だ。…さすがに、鷹宮会長に面と向かってそれを聞ける人間なんていないから、いまだに真相は闇の中」
そう言って真藤が肩を竦めると、今度は薫が真藤を問い詰め始めて二人で何やら討論を交わしだす。
でも俺はそれどころじゃなくて…、頭の中にある1つの名前が浮かんでいた。
それは、俺が公演中に一番気になっていた役者。
”Kyo”
確か、鷹宮さんの名前って…京介だったはず…。
京介とKyo。
ふたつの名前が符合する。
でも…まさか…。
「深君?どうしたの?」
俯いてボーっと考えていたせいで、いつの間にか2人が俺を見ている事に気がつかなかった。
薫が怪訝そうに顔を覗き込んできて、やっと我に返る。
「ゴメン、なんでもない。…っと、もう皆整列してる、行こう」
芝生に座って話し込んでいる内に全ての試合は終わったらしく、他の皆は先生の前に整列していた。
これにはさすがに2人も慌てて、俺達3人はすぐさま立ちあがって皆のいる場所へ向かって走りだした。
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