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学園生活Ⅱ-12

やっぱり聞くのは失礼な事だったのか…。鷹宮さんの顔からそれまでの笑顔が消えた。 笑顔が消えたというより、驚いたという方が正しいかもしれない。 その変化から、内側に踏み込み過ぎた質問だったとはっきりわかった。 鷹宮さんの柔らかな雰囲気に甘え過ぎて、”親しき仲にも礼儀あり”という心を忘れてしまった自分が恥かしい。 いくら知りたかったとはいえ、鷹宮さんが話したくないことを聞き出すつもりはない。 慌てて手を左右に振った。 「すみません!やっぱり今の質問は無しで、」 「親子」 「…え?」 一言で返ってきた言葉に耳を疑った。 きっと今の俺は、ポカンとした間抜けな顔をしているだろう。 …親子? 親子ってなんだったっけ?親と子供?…ん…? 頭の中で考えている事がかなりおかしくなっている自覚はある。ものすごく動揺している証拠だ。 そんな俺を見た鷹宮さんは、ダメ押しでもう一声。 「ローゼンヌのオーナーと僕は、実の父と子の関係だよ」 「…そう…ですか…」 勘違いする事もできないくらいにハッキリとした言葉。 それに気圧されるように、ただ馬鹿みたいにコクコクと頷いた。 こんな重大な事実をあっさり教えてくれるとは思わなくて、質問を撤回しようとしていた俺はただただ動揺。そこから先の言葉が続かない。 すると突然鷹宮さんが「クククッ」と喉の奥で笑い声を上げた。 その瞳はもういつもの優し気なものに戻っている。 「それで?他にも何か聞きたい事があるんじゃないの?」 どうやら全てお見通しらしい。 鷹宮さんからは構えた空気が消えている。軽い雑談でもするような雰囲気に、さっきまでの焦りが消える。 たぶん、踏み込むことを許してもらえたのだろう。 本当にダメな事だったら、絶対に許してくれないのが鷹宮さんだと思う。 だから、この言葉に甘えてもいいんだとわかった。 それなら、気になっている事を全部聞いてしまった方がスッキリするし、こんな機会はもう無いだろうから腹を括ろう。そう決めた。 「鷹宮さん自身は、ローゼンヌで役者をやってますか?」 「…それがきたか…」 思い切って尋ねた真相に、鷹宮さんが苦笑いを浮かべた。 参ったな…、と、そう呟きながらソファーの背もたれに深く寄りかかり足を組んだかと思えば、視線を前方に飛ばして何かを考えている様子。 黙ってその姿を横から見ていると、前方に向けられていた視線がフイッとこっちを向いた。 「やってるって言ったら、どうする?」 「どうするっていうか…、一人、気になる役者さんがいるので…」 「もし僕が役者をやっているなら、仲間としてそいつの情報を知っているだろうって事?」 そう聞いてくる鷹宮さんの目が、若干鋭くなった。 前にも思ったけれど、この人から微笑を取ると、本当に近づきがたくなる。 一言でいうと、”怖い” 「ち…がいますっ。情報が欲しいっていうわけじゃなくて、ただ、気になるんです」 突き刺さるような鋭い眼差しから顔を背けて、視線を下に向けた。 なんだか非常に不機嫌なオーラを感じる。 やっぱり、ファン心理でそんな浮ついた事を聞かれれば誰だってイヤな気持ちになるよな。 自分の浅はかさを改めて反省し、そのまま大人しく口を噤んだ。 お互いの沈黙が室内に静寂を呼び込む。その居心地の悪さにモゾっと身じろぎをした時、座っているソファーの重心が僅かに傾いた気がして、俯かせていた視線を上げた。 「…っ…」 吐息さえ触れてしまいそうな距離に近づいていた鷹宮さんの顔。ぶつかりそうになり、驚いて思わず体を後ろに引いてしまう。 …といっても、もちろんソファーに座っているから後ろに下がるにも限度があるわけで…。 背もたれにべったりと背中をつけるかたちで、鷹宮さんの顔を見つめた。 「…あの…」 「気に入らないな」 「…はい?」 「誰が君の目に止まったの?そんなにそいつの事が知りたい?」 不機嫌な表情のまま徐々に迫ってくる鷹宮さんの腕が、俺の両サイドに置かれた。 ソファーに片膝を着いて身を乗り出している鷹宮さんに、まるで囲い込まれたようなこの状況。 最近、こんな目に会ってばかりな気がする…。 おまけに、物凄い誤解をされてないか? 俺が知りたいのは、”Kyo”と鷹宮さんが同一人物なんじゃないかっていう事であって、それ以外の役者さんのことを聞こうとしているわけじゃないのに…。

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