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学園生活Ⅱ-13

逸らしたくなるのをグッと堪えて、目の前にある双眸をしっかりと見据えて口を開いた。 「鷹宮さん、俺が教えてほしいのは、」 「聞きたくない」 「…ッ!?」 言葉を押し込められ、強引に塞がれた唇。 キスされたのだと理解したのは、熱い舌が唇を割って口腔内に入り込んできた時。 驚きに見開いていた目をギュッと固く閉じて、鷹宮さんの肩を両手で押した。それでも、細身に見えたその体からは想像もつかない程の力で手首を掴まれ、抵抗を封じ込められる。 そうしている間にも、何度か角度を変えて深く口付けられ、舌を絡め取られて。 「…ん…っ…、鷹…宮……さん…ッ…!」 ソファーの上に膝立ちをしている鷹宮さんにグッと顎先を掴まれ、苦しくなるほど仰向けさせられる。 上から覆い被さる状態のキスは更に深く激しいものになり、逃げることも出来ない。 唇の端からこぼれ落ちた唾液に気付いたのか撫でるように舌で舐めとられ、顎の先から口端までを下から舐め上げられるその感覚に、ゾクっと背筋が震えた。 「も…やめ…、…ン…ッ…」 角度を変える際の僅かに開放される隙に拒否の言葉を放っても、それは完全に無視され、それどころか尚更深く…吐息までも飲み込まれてしまうほど激しくなる。 そのまま上から体重をかけられ、気付けばソファーに押し倒される状態になっていた。 そこでようやく唇が開放される。 文句の1つも言ってやりたいけど、今の俺には足りなくなった酸素を補うことで精一杯で、ただ荒く呼吸をする事しかできない。 それは鷹宮さんも同じだったらしく、暫くの間、室内には乱れた呼吸音だけが響いた。 「…鷹宮さん…、どうして…」 呼吸が落ち着き、いまだに押し倒された状態のままで問いかけると、それまで視線を伏せて黙っていた鷹宮さんと目が合った。 「どうして…って…、…どうしてだろうね?」 質問に質問で返されて、思わず溜息が零れる。 「俺が聞きたいんですけど…」 疲労感たっぷりに呟くと、目の前の顔がフッと綻んだ。その瞬間、俺達の間にあった緊張感が薄れて空気が和らぐ。 鷹宮さんが元に戻った…。 そう感じた瞬間だった。 張りつめたものがなくなった事にとりあえずはホッとしたけれど、今のこの体勢をどうすればいいのかわからない。 驚きから覚めてみれば、キスをされたのだという事実だけが襲いかかってくる。 今更ながらに動揺と羞恥が入り混じって、まともに鷹宮さんと目が合わせられなくなった。 視線をあっちこっちに彷徨わせていると、俺の居たたまれない心境が伝わったのか、数秒間を置いた後にゆっくりと鷹宮さんが身を起こす。 その際に、腕を掴んで一緒に引き起こしてくれる面倒見の良さ。 乱れた髪を手櫛で整えながら、最初と同じようにソファに座り直して小さく頭を下げた。 「ありがとうございます」 「なんで君が礼を言うの」 そう言えばそうだ。起こしてくれたから無意識にお礼を言ったけど、その前の行動を考えれば礼を言ってる場合じゃない。 笑われて気付いた状況の矛盾に恥ずかしくなって、ぶっきらぼうに「別にいいじゃないですか」と言ったものの、まるで子供にするように頭を撫でられてしまえば恥ずかしさは増すばかり。 どうにも複雑な気持ちで鷹宮さんを見つめると、いきなり話が元に戻った。 「それで?誰の何が聞きたいの?」 溜息混じりの言葉に、少なからず機嫌が良いわけではない事がわかる。 一瞬怯みそうになったけど、ここで誤解を解いておかなければもっと面倒くさい事になると予想がつくだけに、意を決して口を開いた。 「俺は…”Kyo”の事が知りたいんですけど」 恐る恐るそう言った瞬間、鷹宮さんの目が僅かに見開かれた。 これはたぶん、素で驚いてると思う。 「……聞きたい事がある役者って、Kyoの事?」 「はい」 「どうして彼について聞きたいの?」 「この前の日本公演を観に行ったんですけど、その人、主役の人よりも目を惹いて、この人は凄い!って…ずっと気になってて」 「それで知りたくなった…と」 「はい。……そして」 そこで一度言葉を区切り、気持ちを落ち着ける為に一度深呼吸した。 「ローゼンヌのオーナーが鷹宮さんの父親らしいって噂を聞いた事があって、その時から”Kyo”は鷹宮さんじゃないのかって、思ってたんです。…俺の推測、間違ってますか?」 「………」 目を逸らさずにハッキリと聞くと、鷹宮さんも何かを考えるように俺の目をジッと見つめてきた。 力強く見つめてくるその瞳に心の中を見透かされてしまうようで、呼吸が止まりそうになる。 「あの…」 「正解。…”Kyo”は僕だ」 暫しの沈黙の後、嘆息と共に肯定した鷹宮さんに、(本当にそうだったんだ!?)と驚く気持ちと、(やっぱりそうか…)と納得する思いが湧き起こった。 この人の華やかな雰囲気は、役者と言われればとても納得がいく。 それでも、いくら納得したからと言って驚かないわけじゃなく…、知ってしまった真実の重さに顔が強張る。 意識的に深呼吸をしてなんとか気持ちを落ち着かせるも、その途端に押し寄せてきた疲労感に負けて思いっきりソファの背もたれに寄りかかる。 隣を見ると、同じように鷹宮さんも背もたれに寄りかかっていた。 俺が見た事に気がついたのか、こっちを横目でチラリと見て微笑んできた鷹宮さんのその悪戯気な表情に、ドキっとしてしまった自分が恥ずかしい。 …役者さんだし、俺じゃなくたってドキドキするに決まってる。 言い訳がましく無理やり言い聞かせている事自体がもう後ろめたさを示しているのに、そんな自分に気付くことはなかった。 「この事は、誰にも言っちゃダメだよ?」 「もちろんです。こんな事、誰にも言えません」 内緒だよ、とばかりに唇に人差し指を押し当ててウインクしながら言う鷹宮さんに、コクコクと何度も頷き返す。 こんな事実が知れ渡ったら学園内は大混乱するだろう。ただでさえ人気が凄いと言うのに、ローゼンヌで役者をしているなんて知られたら…、恐ろしくて言う気もおきない。 それ以上に、鷹宮さんが信頼して教えてくれたプライベートを、俺が勝手に他人に話せるはずがない。 改めて、凄い事実を知ってしまったな~と深い溜息を吐いているうちに、1つの疑問が頭に浮かんだ。 世界的に有名なローゼンヌの役者をやっていて、尚且つ親がオーナーで、何故”Kyo”の身元がバレないのか。 でも、実際に話を聞くと、意外にそんなものかと納得した。 「”Kyo”として外に出る時は必ずサングラスか眼鏡をして顔の露出を抑えているし、フード付きの上着を着て目深にかぶっていたりもする。舞台中は濃い化粧をしているし、そもそも、僕がオーナーの息子だと言う事は劇団内の一部しか知らない。学生の間は脇役しかやらないと言ってあるし、学園が長期休みの時の公演しか出ないから。世間もそこまで注目しないよ。…今はまだ、ね」 今はまだ…と言った時に一瞬だけ見せた笑みが、何故かとても目に焼きついた。 意味あり気な好戦的な表情。 瞬きする間にそれは消えてしまったけれど、思わず見惚れてしまいそうになった。 それから少しだけローゼンヌの話をした俺達は、いつの間にかかなりの時間が経っている事に気がついて慌てて生徒会室を後にする事となった。 …と言っても、慌てたのは俺だけ。鷹宮さんはいつもの通り余裕の態度。 生徒会室を出てお互いに別れた後、1人になってからなんだか妙に気持ちが高揚してしまい、暫くの間心臓のドキドキが止む事はなかった。

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