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学園生活Ⅱ-16

「…先輩…?」 「お前、午後の授業はこのままサボれ」 「…は?」 冗談だろ?と目の前の顔を見上げると、そこにあったのは至極真面目な表情で…。 断る事が出来ない雰囲気。 その瞬間に鳴り響いた予鈴のチャイム。 「…俺が留年したら先輩のせいですからね」 「このくらいで留年するなら、普段のお前の生活態度に問題があるって事だろ」 「……」 悔し紛れで言ったセリフに、さらに熨斗(のし)付きで返された気分。 余計な事を言わなければよかった。 不満を隠さずムスーっと睨んでも、宥めるように肩をポンポンと叩かれてしまえばそれで終了。俺は子供かっ。 「……わかりました」 仕方なく溜息を吐いて了承した。 どっちにしろ断れない事がわかっているなら、早々に従った方が身の為だ。 俺の返事に満足そうな笑みを浮かべた先輩に腕を掴まれたまま、階段状に並んでいる机…――それもいちばん奥にある窓際の席まで連れて行かれた。 椅子に座るように目で示されて、大人しく腰を下ろす。 なんだか妙に座り心地が悪いのは、椅子のせいじゃなくて気分の問題だと思う。 その原因である本人は、隣の机に浅く腰を掛けて暫く沈黙した後、窓の外の景色に視線を向けながらゆったりとした口調で話し始めた。 「…京介は、あぁ見えて結構難しい奴でさ…。一言でいうと『人間不信の塊』」 「え…、鷹宮さんが人間不信の塊?」 「そんな感じしないだろ?でも、子供の頃から一緒にいる俺にはわかる。アイツは、他人を全く信じてない」 「…夏川先輩って…」 「京介とは幼馴染みたいなものだ。…って言っても、実際に言葉を交わしたのは小等部に入ってからだけどな」 チラリとこちらに向けられた眼差しが、緩く笑みを刻む。 初めて見たその優しい表情に、先輩が本当に鷹宮さんを大切に思っているという事が伝わってきた。 そしてまた先輩の視線は窓の外に向けられて、言葉が続く。 「ところが…だ、そんな京介が妙に執着を見せている奴がいる。一見、上辺だけで揶揄っているように見えるけど、俺からすれば初めて見る…京介の他人への執着だ。そのせいか、アイツは今だかつてないほど楽しそうなんだよ。…生きている事がな…」 「生きている事が楽しいって…、それじゃ今までは…」 「今までのアイツは、ただ命があるから生きている…、そんな感じだった。才能が有り余ってるしあの外見だろ?本人が望む望まないに関係なく注目を浴びて、…だからこそ余計に、他人に対して無関心になった」 「………」 俺が見る、妙にマイペースでのほほんとしている鷹宮さんからは想像もできない人物像。 確かに、時々(この人の素がわからない)と感じる事はあったけど、まさかそこまでとは…。 「だから、黒崎には必要以上に近づくな」 「…はい…?なんでそこに秋が出てくるんですか」 茫然と先輩を見つめたまま固まっていたところで聞こえてきた変な理屈。 だから近づくな…って、その「だから」の意味がわからない。 夏川先輩の視線は、いまだに窓の外に向けられたまま。 「どうせ、お前と黒崎は親しくなれないだろ。それなら京介のものになればいい。大切にしてくれる。アイツは、今までずっと人を信じる事がなかった。でも、お前に会ってから変わった。やっと人間らしく感情を動かすようになったんだ。…だからアイツが欲しがっているモノを、どうしても逃がしたくない」 「…夏川先輩…」 真顔で、低く呟くように言う先輩から目が離せない。 北原に言われたのと同じような意味の言葉。“黒崎とは親しくなれない”の意味が気になったけれど、今はとてもそれを尋ねられる状況じゃないし、鷹宮さんの事も気にかかる。 「夏川先輩、ずるいですね。…ワザと俺にこの話をしたんでしょう?」 俺が鷹宮さんを拒むことが出来なくなるような状況を作り出された。 それに気付いてしまえば、さすがにヘラヘラとしていられない。 「そんなに怒るなよ。今の話は嘘でもなんでもない、ただ、お前に京介の事を知ってほしかったから話しただけだ。聞いて、それからどうするかはお前の勝手だ。…これ以上は俺も何も言わない」 そう言ったきり口を閉じた先輩と、暫しの間無言で見つめ合った。 見つめ合うというよりも、お互いの腹の中を探る感じだ。 そして、それに負けたのは俺の方。 短く息を吐き出して視線を逸らした 「…わかりました。もともと鷹宮さんの事は嫌いじゃないですし、避けるような事は絶対にしません。でも、だからといって、それ以上踏み込めるか…という事になるなら話は別です。同情で近づかれて、あの人が喜ぶとは思えないし」 そう答えると、先輩はそれまでの表情を一変し、ニヤリと笑った。 「まぁ、及第点な返事だな。満点な返事がもらえるとは思ってない。…じゅうぶんだ」 「…それは…良かったです…」 疲労感にぐったりとしながら答えると、喉の奥でククッと笑われた。 この人、口も悪いし人を馬鹿にしたような言い方をするからちょっと苦手だと感じてたけれど、そういうのを抜かして根本の部分だけで判断すると、実は良い人なのかもしれない…? 鷹宮さんの事もそうだけど、この人の事も少しだけわかったような気がする。 そう考えれば、授業をサボった事も惜しくない。 「何ニヤニヤしてんだよ」 「夏川先輩って、悪ぶってるけど実は良い人なんだな~って思っただけです」 「はぁ?」 イヤそうに眉を顰める様子に、今度は俺が笑い声をあげた。 その後、少しだけくだらない世間話をしているうちに授業終了のチャイムが鳴り響き、冗談混じりに「次の授業もサボるか?」なんて言う夏川先輩に向かって、「サボりません」と腰に手を当ててビシッと断言すると、何故か物凄く笑われてしまった。

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