107 / 226
学園生活Ⅱ-17
† † † †
『黒崎家と天原家は犬猿の仲。仲良くなる事は決してない』
…まさか、こんな事になるとは思ってなかった。
あの夏のパーティーで俺の素性がバレた事によって、ここまで生活に変化が出てしまうなんて想像もしていなかった。
昨日、夏川先輩との話を終えて教室に戻り、その後は普通に授業を受けた。
放課後になって、真藤と薫から「なぜ授業をサボったんだ」と怒られたけれど、とりあえず笑って誤魔化したから、そこも大丈夫。
問題はその後。
昼を食べていなかった為に、夜を迎える頃には生命の危機を感じるほどお腹が空いてしまい、食堂でいつもよりも多い量の夕飯を食べていた時に事は起きた。
「…ちょっと、天原君。話があるんだけどいいかな」
食後の一服として紅茶を飲んでいる時に、その集団はやってきた。
明らかに嫌な空気をまとっている集団の登場に、またも人格が変化しそうになった薫を手で制しながら先を促すと、彼らの口から放たれたのは最近よく耳にする内容だった。
「今まで隠してたなんて卑怯だよ。天原家の人間が黒崎君に近づくなんて、これからはやめてもらうから」
「…意味がわからないんだけど」
また言われた。秋との事。
こっちは本当に意味がわからなくて聞き返したのに、相手はそう取らなかったらしい。
とても憤慨した様子で、先程よりも声を荒げだした。
「しらばっくれないでよ!黒崎家と天原家の仲が悪いのは、この階級の人間だったら誰でも知ってるんだ!それなのに、自分が天原家の人間だって事を隠してまで黒崎君に近づいて、どういうつもり!?黒崎君の立場を悪くする為にやってるんでしょ!?いい加減にしてよ!」
「な…っ…、ちょっと待てよ。…おい…!」
言うだけ言った相手は、俺が引き止めるのも無視して、後ろにいた集団を引き連れてさっさと食堂を出ていってしまった。
後に残された俺は、その集団を呆然と見送るだけ。
…そういえば、あの時に秋も言ってた…、天原家と黒崎家はライバル同士で、表立って仲良くすると問題が生じるかもしれない…と。
それは、こういう事だったのか…。
苦虫を噛み潰したような思いで顔を顰めていると、また別の集団が近づいてきた。
またかよ…。
咄嗟に身構えたけれど、今度の集団はまた違ったものだった。
「天原君、あんな失礼な奴らなんて気にしない方がいいよ。あいつら、黒崎君の取り巻きみたいなものだから。天原君は、黒崎君なんかに取り入らなくても十分凄い人なんだから、あんな人達と関わらない方がいい」
「…君達は?」
「僕達?僕達は天原君の味方だよ。黒崎君の派閥になんか負けないでね!応援してるから!」
そしてこの集団も、自分達の言いたい事を言うだけ言って、ご機嫌な様子で食堂を出ていってしまった。
「…なんなんだ…」
助けを求めるように真藤と薫を見ると、二人ともゲッソリとした様子でテーブルに頬杖を着いている。
「あー…、面倒くさい事になったな…お前」
「やっぱり天原家の名前は大きいよね~。…良くも悪くも」
呟くように言って、また疲れたように溜息を吐く二人。
結局どうする事も出来ないまま、食堂を出るはめとなった。
そして今日。
土曜日で学校が休みという事もあって、平日よりも気の抜けた朝の起床タイム。
ベッドの中の心地良い温もりにウトウトしながらも、うっすらと開けた目の先にある時計が既に10時を示している事に気がついた瞬間、慌てて飛び起きた。
微睡んでいる暇もない。
家では、休日だからといってダラダラと過ごす事は許されていなかったから、寮に入ってもその長年の習慣は抜けず、学校が休みでも休みじゃなくても同じ時間に起きるようにしていた。
それなのに、今日は思いっきり寝坊。
窓から入り込む日差しは、すでにサンサンと輝いている。
「…精神的疲労?」
思い当った要因をボソッと呟くも、すぐに笑いが込み上げる。
そこまで繊細じゃない。これはやっぱり、どう言い訳しても単なる寝坊だ。
隣のベッドを見ると、当たり前だけどもう秋の姿はない。
「とりあえず、顔洗って着替えるか…」
ベッドから床に下り立ち、そのままリビングへ向かった。
こんな休みの日に朝からどこへ行ったのか…、秋の姿はリビングにもなかった。
忙しい日常を知っているから期待はしてなかったけど、シンと静まりかえったリビングは少しだけ物悲しく感じる。
そんな気持ちを振り払って私服に着替え、財布と携帯だけを持って部屋を出た。
ともだちにシェアしよう!