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学園生活Ⅱ-18
「天原先輩、どこかにお出かけですか?」
「あ…ぁ、うん、ちょっとね」
「天原さん、今日は良い天気ですね」
「そう…だね、良い天気だね」
………挨拶運動?
寮の通路を歩いていると、誰かとすれ違う度にそれぞれが声をかけてくる。
中には敵視するように睨みつけてくる人もいるけど、それをいちいち気にしても仕方がないから気付かない振りをしてやり過ごす。
「神経図太くなったな」
「…おかげさまで…。っていうか真藤に神経図太いとか言われたくない」
いつの間にか隣に並んで歩いていた人物、真藤が冗談混じりに声をかけてきた。
横目でジロリと睨んでも、本人は両肩を竦めて鼻で笑っている。
「出掛けるのか?」
「んー…、考え中。…真藤は出掛けるの?」
「あぁ、家の仕事の手伝い」
「相変わらず大変そうだな…」
「いや、そうでもない」
本当に何でもない事のように答える真藤。
だからか…、休みの日なのにカジュアルスーツを着ているのは。
こうして見ると年齢不祥だ。
良く言えば大人びて見える。悪く言えば老けて見える。
「…お前のその笑い、なんとなく殴りたい気分になるのは気のせいか?」
「だって、しょうがないだろ。なんか高校生に見えな、痛っ!」
素直に本音を言っただけなのに拳骨で脳天を叩かれた。
暴力反対。
「あまり一人でフラフラするなよ。…じゃあな」
「一人でフラフラって…、いったい俺をなんだと思って…」
あまりの言われように文句を言おうにも、既に真藤は片手を振って寮の玄関から出ていってしまった。
あれが未来の弁護士だなんて…、頼りにはなるだろうけど別の意味で不安だ。
去っていく後ろ姿を見送りながら、日本の裁判の先行きを真剣に考えてしまった。
「あ…、天原」
どうせなら買い物ついでに外出しようと寮の玄関口に足を踏み入れた時、またしても誰かに呼びとめられた。
今度は誰だ?と振り向いた先には珍しい人物が…。
「芹沢 先輩」
そこにいたのは、この学園の前風紀委員長、芹沢先輩だった。
この人に関するいちばん最初の記憶といえば、俺が編入してきた初日。寮に来た鷹宮さんが、『芹沢が探してた』と秋に伝言を持ってきたのが最初だ。
最初は(風紀委員長なんて理屈っぽくて融通が利かない系だろうな…)なんて思っていたのに、実際に会ってみるとすごく気さくな親しみやすい人で驚いた記憶がある。
俺と秋が同室だという事もあって、伝言を頼まれたり秋の所在を尋ねられたり…なんとなく話をするようになったけれど、改めて呼び止められるとちょっと緊張する。
こんな休みの日にいったい何の用なんだろう。
不思議に思いながら会釈をしている間に、先輩が目の前まで来た。
「天原は、これから何か用事がある?」
「俺ですか?…いえ、特に何も」
「それなら良かった。手伝ってほしい事があるんだけど、いいかな?」
「あ、はい。俺で良ければ」
戸惑いながらも頷くと、それを確認した芹沢先輩は、ついておいでとばかりに先に歩き出した。
寮を出て校舎へ向かう先輩の後を着いて行った先は、特別棟の2階。
そこには、ある1つの部屋が存在していた。
【執務実行委員会】
他となんら変わりのない扉の横にあるプレートには、そう記されている。
「…あの、先輩…。ここ…」
「中に黒崎がいるから、手伝ってやってくれるか?」
「…わ…かりました」
プレートを見た瞬間に(もしかして…)とは思ったものの、言葉にされるとさすがに躊躇する。
そんな俺の戸惑いを感じているのかいないのか…、先輩はチラリと笑みを浮かべるとそのまま来た廊下を引き返してしまった。
…一人…じゃないよな?他にも委員会の人間がいるんだよな?
天原家と黒崎家の確執的なものを聞いてから、寮部屋以外の人目がある場所では秋に近づかないようにしてきた。
それなのに、ここで会っても大丈夫なんだろうか…。
本当は、周りの事なんか気にしないで秋と接したい。
でも、それが秋の評判を落とす事になるかと思うと、とても出来ない。
…どうすれば…。
目の前の扉を見つめ、開けようか開けまいか悩んでウロウロする。
その瞬間、勢い良く扉が開いた。
「…え…」
視線を上げた先には、苦笑いを浮かべてこっちを見ている秋の姿が…。
「いつになったら入ってきてくれるのかな?」
俺がここにいた事、気付いてたのか…。
よく見れば、扉の上部には飾り窓ガラスが付いていて、朧げに中の人影が見えるようになっている。
そこに、入るか入るまいか悩んでいた俺の影が映っていたという事で…。
かなり恥ずかしい。
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