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学園生活Ⅱ-21
さすがに気になって彼らに視線を向けると、それに気付いたらしくヒソヒソ声も止む。
そしてまた歩き出す。
…なんなんだ…。
どことなく嫌な空気を感じてその姿を目で追っていると、突如として聞こえた大きな声の会話。
「そういえばさー、最近黒崎君って教室で過ごすこと多くなったよねー」
「しょうがないんじゃない?教室の外に出ると迷惑な相手に会うかもしれないし」
「あぁそうか~、黒崎君かわいそう。いくら寮の同室だからって、馴れ馴れしくし過ぎなんだよ」
「黒崎君が何も言わないからって、いい気になってるんじゃない?」
「そうだよね~。自分は特別だと思ってるんだよ、あの人。黒崎君との付き合いは僕達の方が長いのにね~」
「勘違いも甚だしいよ。家柄がいいのは認めるけど、ただそれだけなのに。ここに来て一年も経ってない人間に親友面しないでほしいよね」
明らかに、俺に聞こえるように大きな声で話している。
そしてその姿は、笑い声と共に薔薇アーチの向こうへ消えて行った。
「………っ……」
辺りが静かになった瞬間、思わずグッと拳を握りしめた。
なんで見ず知らずの奴らにあんな事を言われなきゃならないんだよ。
お前らの言葉なんて気にしてたまるか!
……って…そう思うのに、心臓の辺りがギューッと締めつけられるみたいに苦しい。
固く握り締めた拳を胸に押し当てた。そうでもしないと、息ができなくなりそうだ。
秋が俺の事を迷惑だと思ってるなんて、絶対にないと言いきれる。
でも、俺と秋の付き合いが短いのは事実だ。
幼稚舎から月城に入っている人の方が、秋との付き合いは確実に長い。きっと、いろんな時間を共に過ごしている。
それを考えると、俺と秋の時間なんて、ほんの僅かなものだ…。
「……いい気になって自惚れてたのは…、俺…かもな」
突然現れた余所者の俺が秋と仲良くし始めた事を一番不快に思っていたのは、今まで秋と仲良くしてきた人間だと、今更ながらに気が付いた。
俺目線じゃなくて、彼ら目線で考えるとわかる。
「…これじゃ、嫌がらせを受けてもしょうがないって事か…」
「しょうがないわけないだろ」
不意に背後から聞こえた、呆れたような声。
驚いて振り向くと、斜め後ろの木に寄りかかってこっちを見ている人物がいた。
その目は、声と同様に呆れたような表情を浮かべている。
「…真藤…、さっきは教室に行くって…」
「行こうと思ったけど、どうせ宮本に邪魔されて本なんて読めないだろうから、お前の後を追ってきた」
「そうか…」
今の出来事を見られていたかと思うと、情けなくて目を合わすことが出来ない。
また前に向き直って、背もたれに思いっきり寄りかかった。
「…そんなとこに立ってないで、ここ、座れば?」
目を合わせないままベンチの空いたスペースをポンポンっと手で叩いて言うと、暫くしてから足音が聞こえ、すぐ横に身を投げるようにして真藤が座った。
「あんなのは、ただの妬みに過ぎない。お前がいちいち気にする事じゃないだろ」
「でも、あいつらの言ってる事は正しい。俺と秋の付き合いが短いのは確かだ。…後から来た奴が親友面するなんて…普通じゃ疎まれてもしょうがない」
「妬みで疎まれる事が当たり前なんて考えがまかり通るようになったら、世の中は相当殺伐とするだろうな」
「茶化すなよ!」
真藤から返ってきた言葉が冗談を言っているように聞こえて、思わず声を荒げてしまった。
八つ当たりだってわかってる。なんかもう頭の中がぐちゃぐちゃで、冷静でいられない。
言った傍から後悔して唇を噛みしめていると、宥めるようにポンポンと軽く頭を撫でられた。
「茶化してるわけじゃない。妬んでいる奴の言葉が正しくて普通だなんて事は認められないって言ってるんだ。あんなセリフが通じるのはこの学園の中だけなんだよ。甘やかされてチヤホヤされて、自分が一番正しいと思い込んでる井の中の蛙の言う戯言だ。そんな事は世間じゃ通用しないって、あいつらはわかった方がいい」
「……真藤」
「人が親しくなるのに、時間なんて関係ない」
…辛辣で…、でも、だからこそ心に響く。
『人が親しくなるのに、時間なんて関係ない』
その言葉が、ジワリと胸に染み込んできた。
嬉しさと気恥ずかしさに顔を俯かせると、頭をグシャッと無造作に撫でられる。
それが真藤らしくて、フッと笑ってしまった。
「泣いたカラスがもう笑ったってやつか」
「…おい、誰がカラスだよ」
「さぁ?」
とぼけるように肩を竦めた真藤だけど、すぐに「冗談だ」と笑った。
そして不意に立ち上がり、俺の目の前に片手を差し出してくる。
意味がわからないままとりあえずその手を取ると、問答無用の力強さで上に引き上げられ、よろめきながら立ち上がったところで無理やり引きずられて歩き出す事に…。
「ちょ…、なんだよ、いきなり」
「右を向け」
まるで軍隊の号令のような言葉につられて右を向いた俺の視界に映ったもの、それは、
「…あ…」
中庭の花時計が、午後の授業開始5分前を示していた。
それを目にした瞬間、今度は俺が足早に真藤を追い越し、腕を掴んで強引に走り出す。
引っ張っているはずなのに腕に負荷を感じないって事は、真藤も走ってくれてるって事で…。
後ろも振り向かず、そのまま全速力で教室まで向かった。
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