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学園生活Ⅱ-22

†  †  †  † 今日は久し振りの雨。 乾燥していた空気がしっとりとした湿気を含み、大気中の汚れを洗い流してくれるみたいだ。 10月も後半に入り、雨が降ると日中でも寒く感じる。 授業が終わった放課後に何気なく渡り廊下へ来てみたけれど…。 「…寒い」 思った以上の寒さに、軽く震える。 それでも、雨の日にここから見る外の景色が好きで、つい来てしまった。 「なんだ、あんたも来てたのか」 誰かが教室棟から渡り廊下へ出てきた足音は聞こえてたけど、まさか宮原だったとは…。 聞き覚えのある声に振り向いた先、相変わらずダルそうな様子で近づいてくる宮原の姿があった。 そして、その姿を見た瞬間に思い出してしまった。 『次に会った時に返事を…』と言われていた事を。 今さらながらに狼狽える。 いったいどうすればいいのか…。 そうこうしているうちに、目の前まできた宮原。 「さすがに寒いな。…なんでこんな所で黄昏てんだよアンタは。また何か落ち込んでるのか」 「俺がいつも落ち込んでると思うなよ。雨の景色が好きで、ただ見てるだけだ」 「…へぇ…」 どうでも良さそうに呟いた宮原は、外と渡り廊下を隔てる柵に両腕を乗せて遠くに視線を向けた。 その横顔はとても穏やかで、静かに降る雨の音に耳を傾けているようにも見える。 この前の返事を迫られる様子もない雰囲気に、俺も警戒を解いて同じように外に視線を向けた。 シトシトシト… 雨の降る音だけがその場を支配する。 時折大きな雫が落ちるのか、ポタポタ…という雨だれの音がするだけで、他には何も聞こえない。 宮原と二人だけでいるのに、沈黙が苦痛にならない事が不思議のような…不思議じゃないような…。 ひんやりとした空気と静かで穏やかに流れる時間。 永遠に続くかと思われたその落ち着いた静けさは、すぐに破られる事となった。 特別棟の方向から渡り廊下へ向かって近づいてくる、複数の足音と楽しそうな話し声。 彼らが通りすぎればまた静けさは戻ってくる…と、あまり気にもせずに外の景色を眺め続けていたけど、その足音は渡り廊下へ出た瞬間にピタリと止まった。 それに合わせて、先程まで弾んでいた彼らの会話も止まる。 唐突に訪れた不自然な沈黙。 以前にも同じようなことがあったのを思い出して、ついつい溜息が出てしまう。 妙な空気に居心地の悪さを感じて振り向いたところで、視界に入った集団を見て思わず目を見開いてしまった。 あまり感じの良くない眼差しでこっちを凝視している彼らも気になるけれど、俺が驚いたのは、その中心にいて表情を変えずに俺の事を見ている人物。 …秋…。 絡んだ視線が外せないまま見つめ合い、そのまま微動だに出来なくなった俺の様子に気付いたのか、隣で外に視線を向けたままだった宮原が怪訝そうに振り向いたのがわかった。 けれど、その集団を目にした瞬間、宮原の顔にニヤリとした笑みが浮かぶ。 「…執務実行委員の連中か」 ボソッと呟いた言葉と笑みにはどんな思惑が含まれているのか…、怖くて考えたくもない。 チラッと宮原に向けた視線を戻して、もう一度彼らを見た時、その中に見知った人物が2人いる事に気がついた。 あれは…この前中庭で通りすがりに文句を言っていた奴か? まさか秋と同じ執務実行委員だったとは…。 「黒崎君、突然止まってどうしたんですか?まだ仕事も終わってない事ですし、早く行きましょう」 中庭で見た2人のうち、秋の横にいた1人が言葉を放った。 それをきっかけに、他の3人も「そうだよ、早く行こうよ」などと口々に言い始める。 こんな状況じゃ、秋に話しかけるのはやめた方がいいだろうな。 そう判断して、さっきまでと同じように、また外を見るように体の向きを変えた。 秋には悪いけれど、今はこれしか対応が見つからない。 それなのに、この馬鹿は…。 「なに無視してんだよ。同室なんだろ?挨拶ぐらいした方がいいんじゃねぇの?」 すぐ横からかけられる声。 イラッとして睨むと、本人はとても楽しそうにニヤニヤしている。絶対にワザとだ。 「…うるさい」 不機嫌丸出しの声で言っても、尚更楽しそうな顔になるのだから始末におえない。 その挙句に、俺の頭に手を伸ばしてきたかと思えば髪をグシャグシャにかき乱された。 「お前はーっ、何するんだよ馬鹿!」 思わず怒りの声を上げたと同時に、背後を通リ過ぎる複数の足音。 ハッとして振り向くと、秋達が教室棟に向かって歩き出したところだった。 俺が見た事に気付いたのだろう、いちばん最初に秋に声をかけた奴が、通り際にこっちを見てフッと鼻で笑った。 さすがにムッときたけれど、それより何より俺の目を引いたのは、こっちをまったく見ない冷たい秋の横顔。 「……そんな顔するぐらいなら無視しなきゃいいだろ」 秋の後ろ姿を見えなくなるまで見送っている俺に、呆れた声が放たれた。 「そんな顔ってなんだよ…。普通の顔だろ」 宮原の言う通り、顔が強張っている自覚はある。でも、それを無理矢理切り替えて不機嫌な目つきで睨みあげた。 それなのに…。 「変な顔」 何事もないように振舞った俺の努力を、その一言で無駄にしてくれた。 「お前な、人がせっかく気分を変えようと思ってるんだからそれにのれよっ」 「ショック受けてんのに隠そうとするから変な顔になるんだろ」 「………」 反論する余地のない正論に、ぐうの音も出せず押し黙った。 このままここにいたら更に余計な事を言われるだろうと予測がつくだけに、俺の次の行動は悩む間もなく決定する。 何も言わずにここから去る! 話しかけるなオーラを全身から出しながら踵を返してさっさと歩き出した。 それでも、絶対に後ろから何か言ってくるだろうと覚悟はした。 けれど、意外な事に宮原は何も言わず…。 背後から俺の後ろ姿を見つめている視線だけを感じたまま、振り返りもせずに校舎へ足を踏み入れた。

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