114 / 226
学園生活Ⅱ-24
「本当に何でもないです。…少し、疲れてるだけですから」
「嘘だね」
嘘だね、って…。こうもハッキリ否定されると言葉に詰まる。
あまりと言えばあまりの即答に、呆然と相手の顔を見つめてしまった。
「僕に嘘が通用すると思ってる?それならまだまだ、僕について知ってもらわないとダメみたいだね」
そう言ってニッコリ笑う鷹宮さんの背後に、黒い尻尾が見えるのは俺だけの幻覚なんだろうか…。
それくらい、鷹宮さんの微笑みは黒かった。
言外に、“意味の無い事を言ってないで、とっとと白状しろ”という言葉が見え隠れしている気がする。
こうなった鷹宮さんに抵抗する事ほど無駄な事はない。
フゥ…と小さく溜息を零すと、俺の諦めが伝わったのか、顎先を掴んでいた鷹宮さんの指が離れた。
そして、優しく手を引かれてソファに座らされる。間を置かずに鷹宮さんも隣に腰を下ろした。
けれど、まだ手を離すつもりはないらしく、指先が軽く握られたまま。
この状態も、抵抗せずに諦めろ、と?
離してほしくて、握られた手と鷹宮さんの顔を交互に眺めて訴えたのに、返ってきたのはワザとらしいまでの満面の微笑み。
もう抵抗することも疲れて、ソファの背もたれに深く寄りかかった。
「…とても小さな事なんですけど、聞いてくれますか?」
「もちろん聞くよ。それに、物事の大きさなんて関係ない。君の事はなんでも知っておきたいからね」
「鷹宮さん…」
思わず赤面してしまいそうなセリフ。それを真顔で言ってしまえるのだからすごい。
どういう顔をしていいのかわからずに思わずそっぽを向いてしまった。
……――
……――――
「……そして、そのまま行ってしまって…。あんなに冷たい秋の顔、今まで見た事がなかったから、少しだけ驚いたんです。…ただ、それだけの事なんですけど…」
実際に口に出してみると、言っている自分でも子供じみた内容に聞こえてきて、少なからず後悔した。
特に何かがあったわけでもなく、ただ、言葉も交わさずに通りすぎただけ。
その秋の横顔が冷たく見えて…、でも実際は普通の表情だったのかもしれない。
落ち着いてよく考えると、全て自分の被害妄想のような気がしてきた。
こんな戯言を真剣に聞いてくれた鷹宮さんに申し訳なくなってくる。
「…あの、すみません。まるで子供みたいな事言ってますよね、俺。…あの時は何故か不安に感じて。でも、もう大丈夫です。聞いてもらったのにこんな話で、本当にすみません」
ダメだ、本気で恥ずかしくなってきた。高校生男子の悩む内容じゃないだろ、これ。
鷹宮さんの隣に座っているのが居たたまれなくなってきて、握られている手を引き抜こうとさりげなく引き寄せる
けれどその瞬間、鷹宮さんの手の力が強さを増した。
離そうとしたのに、逆にさっきよりも更にしっかりと掴み直されてしまう。
ギョッとして鷹宮さんを見ると、不機嫌ともとれる鋭い眼差しが何かを探るように俺の顔を覗き込んできた。
「鷹…宮さん?」
「…深君は、黒崎の事が好きなの?もちろん恋愛として」
「へ!?」
突然真顔で何を言うんだこの人は!
不意打ちの爆弾発言に、思わず顔が引き攣った。
どこからどう繋がってその考えに辿り着いたのか、頭を開いて中身を見てみたい。
冗談だよな?と鷹宮さんの顔を見ても、そこには笑いの欠片もなく。…って事は、本気の発言?
「秋の事は好きですけど、それは普通の友情としてです。…鷹宮さんの頭の中、どういう思考回路になってるんですか…」
先輩だとはいえ、さすがに呆れた口調になってしまった。
俺が秋を恋愛感情で好きだなんて、そんな事はありえない。同性を恋愛対象になんて考えた事もない。
そこまで考えた時、月宮の森で起きた宮原との出来事が頭を過った。
…あれは、苦しくて自棄になってただけで、きっとあいつも性欲処理とかで、本気の恋愛感情を含んだ行為じゃない、はず…。…それでも、流されたとはいえ、俺はなんで…。
これ以上考えてはいけない気がして、不安にギュッと固く目を閉じる。
動揺を押し殺していると、座っていたソファーの重心が少しだけ傾いて、頭と肩が何か暖かいものに優しく包まれた。
「…え…?」
閉じていた瞼を開いた目の前には、制服の胸ポケットに刺繍されたエンブレムが見える。
…鷹宮…さん…?
「君が黒崎の事をどう思ってるか、僕にはなんとなくわかった。でも、君自身は気付いてないみたいだね…。そのまま気付かないでいてほしいよ。……………渡したくない…」
囁くように言った鷹宮さんの最後の言葉だけが、小声過ぎて聞き取れない。
気づかないでいてほしい…、の後に何を言ったんだろう…。
気になったけれど聞いてはいけない気がして、そのまま何も言わずに大人しく鷹宮さんの肩に額を押し付けた。
…今は、今だけは、…何も考えずにこの暖かさに甘えたかった…。
ともだちにシェアしよう!