117 / 226

学園生活Ⅱ-27

歯噛みしたい気持ちを抱えて次の言葉を待っていると、どうやら心を決めたらしい様子の秋が嘆息混じりに口を開いた。 「俺の態度の事は、…たぶんこれも、俺の考えが浅かったせいだと思う」 「考えが浅かった…って?」 「なんで俺が時々突き放した態度を取るか…。その第一の理由は、深を守りたかったからなんだ。俺達が周りの目を気にしないと言ったとしても、実際に俺と深が必要以上に親しくしていると、そのシワ寄せが全て深にいくとわかった。2人きりの時はいい。でも、俺達以外の人間がいる所で深に親しく話しかけると、妬みとか嫉妬とか家の事とか…、その全てに深を巻き込むことになる。それを出来るだけ避けたかった。…でも、その態度自体が深の事を傷つけていたなんて…。…馬鹿だな、俺は。………そして第二の理由は…、」 「第二の理由?」 まさか、あれが全て俺の事を考えての行動だったなんて思いもよらなくて、頭の中が真っ白になる。 おまけにもう1つ理由があるって…。 気付けばいつの間にか、秋の事を横からしっかりと見つめている自分に気付いた。 さっきまでは視線を合わせるのも怖く感じてたのに…、秋の突き放した態度が俺の事を思ってした事だとわかった瞬間から、心のわだかまりが溶けたみたいだ。 単純な自分がおかしくて恥ずかしい。 けれど…、 「…第二の理由…は、今はまだ教えられない」 「…へ…?」 ニッコリと満面の笑みを浮かべた秋がそんな事を言うものだから、つい間抜けな声を出してしまった。 いや…、だって…ここまで話しておいてそれはないだろ。 「今はまだ…って事は、いつかは教えてくれるんだよな?」 「うん、そうだね。いつかは言うよ」 今のこの嘘くさい笑顔のよりも、さっきまでの無表情の方が気持ちが伝わってきた気がする。 物凄く問い質したいけれど、たぶん今の秋に何を言っても答えてくれないだろう。 仕方ない。話してくれる時が来るまで待つしかない。 それでも、今までのモヤモヤしていたものが全て消えたのは確かだ。秋に迷惑だと思われていたわけじゃないとわかっただけでも、嬉しい。 「本当に悪かった。俺の態度こそが深を傷つけてたなんて…本末転倒もいいとこだ」 「謝るなよ。秋が俺の事を考えてくれていたってわかって、逆に嬉しいくらいだし」 いつの間にか、俺達の間に流れる空気が暖かくて優しいものになっている。 今にして思えば、こんな空気が流れるのは久し振りな気がする。 そんな事を思っていたら、何故か目が熱くなってきて、 …ポタ… ……涙が零れ落ちた…。 「…あ…、…なんだよこれ…。…って、なんでもないからっ」 自分でも制御できない涙に、動揺が隠しきれない。 俺の涙を見て驚くように目を見張った秋に気付いて、慌てて顔を背けた。 こんな情けない顔を見られるなんて、一生の不覚だ。 それなのに、顔を背けた一瞬の隙を突かれて強い力で引っ張られ、思いっきり秋に向かって倒れ込んでしまった。 「あっ…、…え…?」 あまりにいきなりの事態に思考が追いつかず、何がどうなっているのか混乱している内にギュッと抱きしめられる。 …どういう…こと…? 呆然としていると、不意に香った柑橘系の爽やかな匂い。 いつも秋が身に纏っている香り。 それに気付いた途端、一気に顔が熱くなった。 秋の胸元に手を置いて、なんとか離れようとグイグイ押してみる。 「ちょっと、秋…っ…」 でも、そんなささやかな抵抗など全く通じず、ピタリとくっついている俺達の体の間に一分の隙間も作る事ができない。 その内に、制服を通して秋の体温が伝わってきた。 どうしよう…、なんかクラクラしてきた。 「…深」 耳元で囁くように名を呼ばれる。 それが背筋を甘く震わせ、思わず抵抗も忘れて固まってしまった。 どうしていいかわからずに頭の中が真っ白になっている俺の頬に、秋の暖かな手がそっと触れる。 そして秋の顔がゆっくりと近づいてきて…、 ……――唇の端に優しい口付けが落とされた。 「…ッな……んで」 ふわりと触れただけの唇が離れた瞬間、口をついて出たのは動揺の声。 なんで、どうして……えッ!? 瞠目したまま見つめた秋の顔は、目元を綻ばせるだけの柔らかな笑みが浮かんでいる。 「仲直りの挨拶だよ。……あれ、もしかして今のじゃ物足りなかった?」 「…なっ…!物足りないって…、そんな訳ないだろ!もう離せよバカ!」 静かな空気を壊すように冗談めかして言う秋を、今度こそ思いっきり全力で突き飛ばす。 「痛っ…、酷いな。本気で突き飛ばさなくても…」 思いっきり体勢を崩しながら、ブツブツと文句を言っている秋。 無言のまま横目でジーッと睨むと、すぐさまニコリと微笑みに変わった。 胡散臭いことこの上ない。 なんだかもうよくわからない疲れが一気に押し寄せてきて、体が萎むほどの溜息が無意識にこぼれ落ちる。 でもまぁ…、お互いの間にあった変なわだかまりがなくなったから良しとしよう。 秋を見てから、もう一度溜息を吐いた。 Side:黒崎 思いっきり溜息を吐く深を見て、密かにホッと体の力を抜いた。 これは、諦めた時に見せる表情。こうなるともう問い詰められる事はないはずだ。 …キスした意味…。 仲直りの挨拶だと言ったけれど、実際にそうじゃないと知ったら…深はどうするんだろうか…。 「シャワー浴びてくる」と言ってバスルームに向かう深の姿を見送ってから、ソファに深く座り直した。 もう後戻りするつもりはない。 あのキスが俺の決意の証だとは、全く気付いていないだろう。 いつの頃からか、深に対して独占欲を抱いている自分に気が付いた。 もしかしたら、会ったその日からかもしれない…。 気のせいだと…単なる友情の延長の気持ちだと誤魔化してきたけど、もうそれはやめた。自分の気持ちに嘘をついても意味がない。 …覚悟をしてもらわないと…ね。 そう心で呟くと、さっきまでの深の様子を思い出してフッと笑いを零した。 Side:黒崎end

ともだちにシェアしよう!