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学園生活Ⅱ-28
† † † †
「……気持ち悪い…」
突然、俺の顔を見た薫がボソッと呟いた。眉間に皺まで寄っている。
「宮本。いくら天原が相手だとしても失礼だぞ、それ。…まぁ気持ちはわかるけどな」
「…お前ら…」
フォローしているように見えて、実はまったくフォローになっていない真藤。
夜になって、「暇だから来て」という薫の呼び出しに応じて部屋へ遊びに行ったのに、まさか俺の事を貶す為だけに呼んだんじゃないだろうな…。そんな疑惑が湧き起こってくる。
白くフカフカな絨毯が敷かれた広いリビングの中央。丸いガラステーブルを3人で囲みながら話をしている最中に、人の顔を見つめて「気持ち悪い」って…、いくらなんでも酷すぎる。
ひとまず文句は抑えて、手に持っていたカフェオレの入ったマグカップをテーブルの上に置いた。
「…薫、俺の何が気持ち悪いって?」
「顔」
「オイ」
斜め前にいる真藤が、俯いて肩を震わせている姿が視界に入る。尚更気分が悪い。
「真藤、笑うならハッキリ笑ってくれた方がいいんだけど…」
悔し紛れに言った途端、言葉通りに遠慮なく真藤が声を出して笑い始めた。
これはこれでムカツクぞ!
握った拳を震わせて真藤を睨んでいると、さすがに悪いと思ったのか、何度か咳きこみながらも笑いを抑えようとしている。
その努力は認めてもいいけど、やっぱり苛立ちは治まらない。
取り敢えずそんな真藤は放っておいて、今度は元凶である薫に視線を向けた。
「もしかして、俺の顔が気持ち悪いって内心でずっと思ってたのか」
もしそうなら、かなりのショックだ。
べつに自分の顔が好きってわけじゃないけど、気持ち悪いって言われるのはさすがに悲しい。
落ち込みながら顔をジーッと見つめて問い詰めると、一瞬ポケッとした表情を浮かべた薫は、その直後に突然「違う違う!」と焦ったように手を振り出した。
「深君の顔立ちが気持ち悪いんじゃなくて!表情が気持ち悪いって言ったの!」
「全っ然フォローになってない!」
表情が気持ち悪いって、俺は変質者か!?
更に悪くなった状況に本気でへこむ。すると、やっと笑いがおさまったはずの真藤が、今度は「ブハッ」と思いっきり噴き出した。
…あーもうホントに殴りたい…。
「ちょっと待って、たぶん勘違いしてるよ~。気持ち悪いってそういう意味じゃなくて、なんか妙に機嫌が良さそうでニヤニヤしてるから気持ち悪いって言ったのっ。せっかくの王子様顔が崩れてるしー…」
何故か今度は薫が溜息を吐いて落ち込んだ。
王子様顔が崩れてるってなんだよ…。そこまで薫に言われるほどニヤニヤしてたか?
手で自分の顔を触ってみても、いまいちわからない。
「ッククク…。お前最近この辺にシワ寄せてる事多かったからな。余計に今のヘラヘラした表情が目立つんだよ」
「ヘラヘラって…」
己の眉間を人差し指でトントンっと叩いて示した真藤につられて、自分の額に触れてみる。
そんなに渋い顔ばかりしてただろうか…。確かに、ずっと心の片隅にあった秋との確執が取り払われた今、すごくスッキリした気分でいるのは自覚してるけど…。
「…顔に全部表れてたって事か」
って事は、毎日顔を会わせてる秋にはバレバレだったって事だよな!?
…泣きたい…。
「まぁまぁ、そう落ち込むな。いつもの事だから」
「そうそう、いつもの事~」
「………」
いつもの事…。
真顔で肩を叩いてくる真藤と、茶化してるのか本気で言ってるのかわからない薫のコンビネーションに、俺のテンションが一気に落ちたのは言うまでもない。
明らかに揶揄って楽しんでいる二人を眇めた目で睨みながら、今に見てろよ…と密かに心の中でリベンジを誓った。
22時。
薫の同室者が帰ってきた事もあって、俺と真藤は部屋を後にする事にした。
「おやすみ、真藤」
「あぁ、おやすみ」
廊下の途中で、部屋の方向が違う真藤に軽く手を上げて挨拶し、自分の部屋へ向かって歩き出す。
もう消灯時間を過ぎたせいか、廊下には誰もいない。
廊下の電気は消されないからいいものの、もしこれが真っ暗だったらさすがに不気味だと思う。角を曲がった瞬間、花子さんにでも会ってしまいそうだ。
そんなくだらない事を考えながらのんびりマイペースに歩いていると、ポケットに入れていた携帯から透き通るような音色が鳴り響いた。
メールだ。
面倒臭くて個別着信設定をしていないから、音だけでは誰からのメールかわからない。
足を止めて携帯を取り出し、何気なく受信フォルダを見た瞬間、そこに表示されている名前に目を見張った。
「…珍しい」
新着メールとしてそこに表示されていたのは、宏樹兄の名前だった。
開いたメールの本文は、
《学校の方はどうだ、変わりはないか?俺からメールをするなんて滅多に無いから驚いてるだろ(笑)深の高校生活を邪魔しないように連絡を取るのは控えていたけれど、あいつ等がうるさくてね…。高槻と水無瀬、覚えてるか?夏に紹介した俺の連れ2人。あの2人が深と遊びたいと駄々を捏ねまくるものだから仕方がない。もし土日で空いている日があったら教えてくれると助かる。学校まで迎えに行くから、あいつ等とご飯でも食べに行ってやってほしい。でも、無理な場合はハッキリ断ってくれて構わない。とりあえず、頭に入れておいてくれ》
というものだった。
たぶん、駄々を捏ねているのは高槻さんの方だろう。水無瀬さんが駄々を捏ねる姿なんて想像がつかない。
パーティーの時の2人の様子を思い出して、思わず笑いが込み上げる。
この誘いを断るなんて絶対にありえない。逆に、是非遊びましょう!って感じだ。
そうと決まれば即行動。早速宏樹兄にメールを打ち始めた。
《学校は相変わらず楽しいよ。宏樹兄からメールもらうなんて、この学校に入って以来初めての事だから本当に驚いた。何事かと思ったよ(笑)今週はもう外出届が間に合わないから、来週の土曜日でどう?…ちなみに、駄々を捏ねてるの高槻さんだけだろ?なんか目に浮かぶんだけど…》
「よし、これで送信…っと」
最後にポチっと送信ボタンを押して完了。
明日にでも来週の外出届を出さないと…。
緊急時は前もっての外出届は免除されるけど、通常は5日前までに外出届を提出しなければならない。
携帯をポケットに戻して歩き出したものの、たぶん今の俺を薫が見たら、また「…気持ち悪い…」って言われるんだろうなー…なんて思いながら、ニヤケた表情はそのままに部屋へ向かった。
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