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学園生活Ⅱ-29
† † † †
「そういえば…。深は今週の土曜日空いてる?」
「今週の土曜日?」
週が変わって月曜日の朝。
制服のネクタイを結んでいる最中、ソファーで優雅に紅茶を飲んでいる秋が思い出したように話しかけてきた。
ネクタイの最後の仕上げにキュッと締めて形を整えながら、今週の予定を頭に思い描く。
「…あ…ごめん、空いてない」
宏樹兄との約束を思い出した。
金曜の夜にメールの返事が来て、今週の土曜日に宏樹兄と高槻さんと水無瀬さんが迎えに来てくれる事になったんだ。
でも、身支度を整えて振り向いた途端、僅かに残念そうな表情を浮かべている秋に気がついて「…うっ」っと息を詰まらせた。
「…えっと…、もしかして俺に何か用事があった?」
もしそうなら本当にタイミングが悪い。
普段なら秋の事を優先したはずだけど、さすがに今回はそれが出来ない。
「用事ってわけじゃないけど、休みの日に深と一緒に出掛ける事ってないだろ?たまにはどうかなと思って」
「…あ~…う~…ん、タイミング悪いよ秋。今週は宏樹兄と出掛ける約束し…、あ…」
いい事思いついた。秋も一緒に来ればいいんだ。そうすれば俺も嬉しいし秋の提案も叶えられて一石二鳥!
足早にソファに近づいて秋の隣に座り込み、その腕をガシッと掴む。
俺の迫力に秋が僅かに引き気味になってるけど、そんな事は気にしない。
「な、なに…」
「土曜日、秋も一緒に出掛けない?」
「え?」
そのまま暫しの間黙り込んで見つめ合う。
やっぱりマズかったかな…。たぶん宏樹兄達は反対しないと思うし、秋がOKであれば問題ないと思ったけれど、…少し軽率すぎた?
だんだん秋の沈黙が怖くなってきて、掴んでいた腕をそっと離した。
「…俺はいいけど、お兄さんに許可取らなくていいの?さすがに一緒に連れて行く相手が俺だと、考えるんじゃないかな」
「何言ってるんだよ。宏樹兄は俺が連れてく友達が誰だろうと、絶対にイヤな顔しないって!それに、秋っていう人間を知れば宏樹兄だって絶対に好きになると思う」
「それって、深も俺の事を好きって事?」
「え?!…、あ…、いや…その…、まぁ、そうだけど…」
突然の切り返しに動揺して、言葉が詰まってしまった。
頼むからその部分だけを抜粋して気にするのはやめてくれ!
確かに秋の事は大好きだけど、同い年の男に面と向かって「うん、好きだよ」なんて言えるわけがないだろ!
…と言ってやりたい…。言ってやりたいけど、言ったが最後、更に恥ずかしい事を言わされそうで怖くて言えない…。
俺にできるのはムスーっと睨む事くらいだ。
「…フッ…ククク。…わかった、一緒に行くよ」
何がおかしいのか、肩を揺らして笑う秋。
とりあえず了承を得られた事にホッとしてソファーに深く身を預けると、今度は俺の腕がガシッと掴まれた。
「何?」と聞こうとして顔を上げたと同時に、秋が少しだけ慌てた様子でソファから立ち上がる。
もちろん俺も一緒に引っ張られるわけで…。
「なんだよ」
「遅刻する」
「え?」
「だから、このままだと遅刻する」
慌てる秋なんて珍しいな…なんて思っていたけれど、何気に時計を見た瞬間、一気に血の気が下がった。
現在の時刻8時20分。HRは8時半から。
「やばい、遅刻する!」
「だからそう言ってるのに」
苦笑いする秋を横目に、机の上から通学バッグを取り上げてドアまで走る。
そして、いつの間にか先にドアを開けて俺を待っていた秋と共に部屋を後にした。
† † † †
11月最初の土曜日。
今日は宏樹兄達と出掛ける日だ。
部屋の窓から見える空は雲1つない青空で、まさに秋晴れ。気持ちがいい天気。
「深。のんびりしてるけど、支度は終わった?」
「あ、うん、もうほとんど終わってるから大丈夫」
洗面所から顔を覗かせた秋が、俺の一言を聞いて安心したようにまた洗面所に戻る。
どうやらワックスで髪を弄っているらしい。
ワックスで散らさない方が大人っぽいのにな…。
ボーっとそんな事を考えていると、ソファの上に放置していた携帯から音楽が鳴りだした。
今の時間にかけてくるって事は、たぶん宏樹兄だ。
「はい」
『深?おはよう』
「おはよう、宏樹兄。…もしかして、もう着いたとか言わないよね?」
『それはさすがにない。まだ20分くらいかかると思う』
「俺達もそのくらいには出て行けるから、ちょうどいいかも」
『あ、待て、一哉!………『もしもし?深君?おはよう!』』
何やら向こうで争う声がしたかと思えば、突然耳慣れない声が聞こえてきた。
…まさか…。
「おはようございます高槻さん。…もしかして宏樹兄から携帯奪ったんですか?」
『正解!1人だけ深君と話そうなんて許せるわけないでしょ~。宏樹なんて大人しく座ってればいいんだよ』
やっぱり…。
笑いが込み上げてきた。
けれど、笑う前に疑問が。
宏樹兄が大人しく座ってるって…、いったい誰の車で来てるんだ?
高槻さんが携帯で話してるって事は、まさか水無瀬さん?
車の運転などしなさそうだったのに、意外な事実に驚いてしまう。
『もしも~し、深君?起きてる?』
「あ、すみません。…あの、まさか水無瀬さんが運転してるんですか?」
『ん?そうだよ~。あぁ見えて悠一は国際C級ライセンス持ってるからね。安心していいよ』
「ぇえっ!?」
国際C級ライセンスって、確か試験だけじゃなくてレースに出て勝った実績がないと取れないんじゃなかった?
『あははは!驚いた?』
「驚きました…」
『『お前、いい加減に返せよ』…あ、まだ話し足りないのに…。『後で会えるからいいだろ』』
何やら、また向こうで2人の声が聞こえる。
どうやら、宏樹兄が高槻さんの手から携帯を奪い返したらしい。
『深?あと少しで着くから、門の所で待ちあわせよう』
「うん、わかった。それじゃあまた後で」
そこでプツッという音がして、通話が終了した。
「宏樹さん達、着いたって?」
いつの間にか身支度を終えて洗面所から出てきていた秋が、何故か笑いを堪えるような声で聞いてきた。
「もう着くから、門の前で待ち合わせようって」
「そうか。待たせるわけにはいかないな、行こう」
今の微妙な笑いは何?と思いながらも、先に歩き出した秋の後を追って足早にドアへ向かった。
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