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学園生活Ⅱ-31
「着いたよ」
どこかの施設の駐車場と思わしき場所に辿り着いたと同時に、後ろから高槻さんが身を乗り出して楽しげに到着を告げた。
学園から2時間程で着いたここは山奥としか言いようのない場所で、コンクリートで舗装されている駐車場の周辺は、見渡しても木々しかない。
いったいここは何処なんだろう。
戸惑っている内に、早速車を降りた宏樹兄が後部ドアを開けてくれた。
「行くぞ」
「有難うございます」
宏樹兄にお礼を行って、まずは秋が外に出る。
続いて、俺、高槻さん。
そして最後に運転席から水無瀬さんが降りてきた。
そこで気付いた事が1つ。
…なんで皆手ぶらなんだ?まさかこのまま山に放たれて「さぁ遊べ!」ってオチじゃないだろうな。
いくらなんでも、このメンバーでそれはないと思うけど、…大丈夫なんだろうか…。
車を降りてから怪しむ思いで宏樹兄を見上げると、視線に気付いたのか(なんだ?)という表情で見つめられる。
とりあえず首を横に振ってなんでもない事を伝えたけど…、ん~…怪しい…。
その後、なぜか高槻さんの先導で歩き出し、駐車場を抜けてなだらかな斜面の木の階段を上り、紅葉化している木立を抜けた。
初冬の山は、さすがに昼間でも空気が冷たい。
着ていたショートコートのポケットに両手を入れ、落ち葉を踏みしめながらゆっくりと歩く。
突然、視野が広がって目の前に現れたもの。
それは、大きくて四角っぽい真っ白の建物だった。
「…ここは…」
さすがの秋も何なのかわからないらしく、目を瞬かせている。
山の頂上付近に建つ、紅葉に囲まれた白い建物。
アーティスティックに所々妙な形になっているものの、外から見る分には特に変わった様子はない。
ある一面の壁だけが、全面ガラス張りになっているのが綺麗だ。陽が当たってキラキラしている。
「二人とも、こんな所で立ち止まってないで行くぞ」
建物を見つめたまま足を止めた俺と秋に、宏樹兄が苦笑いで先を促してきた。
ハッと我に返った秋と顔を見合わせて頷きながら、また歩きだす。
建物に近づいて行くと、大きな遮光ガラスで出来た両開きの自動ドアらしき物がが見えてきた。
「ここ、なんですか?」
「それは入ってからのお楽しみ」
前を歩く高槻さんの背中に問いかけても、まともには答えてもらえず、チラリと振り返ったその顔には悪戯気な笑みさえ浮かんでいる。
その微笑の意味はなんですか。
問い詰めたい気持ちを抑えてドアの前で立ち止まり、微かな電子音と共に動き出した大きな遮光ガラスが完全に開くのを、ジリジリとした気持ちで待った。
「お待ちしておりました、社長」
館内に入ってすぐ、入り口から少し奥まった位置にある受け付けカウンター内から綺麗な女の人が出てきて、上品な仕草でこっちに向かってお辞儀をした。
「…社長…?」
周囲を見渡しても、今ここに俺達以外の人影はない。
青を基調に統一されたロビーは天井が高く、全ての照明が間接化されていてとても落ち着いた空間を演出している。
この中にいるのは、俺達5人と受付の女の人だけ。
どういう事かと戸惑いながら、お辞儀から顔を上げた女の人を見つめた。
その時、
「今日は宜しく頼む」
高槻さんが声をかけた。
それに対して上品に微笑む女の人。
「…え?…ぇえ!?…高槻さんって…」
まさか、社長って、高槻さんの事!?
水無瀬さんの経歴に続いて、本日2度目の衝撃的事実。
確かに、夏のパーティーにもいたし宏樹兄の友達だから普通の人だとは思っていなかったけど、1人は現役レーサーで一人は社長って…、
…派手な交友関係持ってるね、宏樹兄…。
なんだか妙に疲れを感じながら高槻さんを見ると、俺の反応を楽しそうに見ている優しい瞳とぶつかった。
「ここは俺が経営しているリラクゼーションハウス。今日は俺達だけの貸し切りだから、遠慮しないで羽を伸ばしてね」
「あ、有難うございます」
驚きから抜け出せないままの形式的なお礼の言葉にも関わらず、高槻さんの相好がヘラリと崩れる。
…社長がこんな緩くて大丈夫なんだろうか。
不安が募るものの、きっと社長業をしている時はもっとキリキリ働いているのだろう。きっとそうだ。…と自分を納得させた。
「どうぞ館内をご自由にお使い下さい。それぞれの施設に専用のスタッフがおりますので、何かございましたら遠慮なさらずにお声をかけて下さいね」
真っ白のスーツを着た綺麗なお姉さんに言われて、俺達はそれぞれ館内に散らばる事にした。
宏樹兄達と別れ、秋と二人でロビーの右手奥へと向かう。
その先に広がったのは美術展示室だった。
それもただの展示室ではなく、壁に掛けられた絵画、室内の所々に点在する像、その全てから受ける印象は「癒し」
よく目にする誰もが見たことのある有名な絵画ではなく、とにかく見た人全てがホッと息をつけるような心落ち着く物ばかり。
「…これは凄いな…。リラクゼーションハウスって言うのが頷ける」
秋も、目の前に広がる癒しの世界に感嘆の声を上げる。
そんな美術品をゆっくりと堪能しながら室内を歩いている途中、入ってきた扉と対角する位置にもう一つの扉がある事に気がついた。
なんだろう…。
吸い寄せられるようにフラリと近づくと共に、微かな音楽が耳に入ってくる。この扉の向こう側から洩れ聞こえてくるものらしい。
やっぱり秋も気になっていたらしく、隣に立って同じように扉を見つめている。
「…秋、この向こうには何があると思う?」
「そうだな…、たぶん、癒しの音楽室ってところじゃないかな」
「俺もそう思った」
なんの捻りもない自分達の見解に、思わず顔を見合わせて笑ってしまった。
「向こうの部屋に行ってみようか」
「賛成」
ふざけ混じりに片手を上げて同意を示し、秋が観音開きの扉に手を掛けて静かに向こう側へ押し開いていくのを、まるで異世界に通じる扉が開かれる気分で見守った。
「……」
「……」
扉の向こうは本当に異世界でした。
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