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学園生活Ⅱ-36
† † † †
薫に話を聞いてもらってから数日。
いったいあの時のモヤモヤ感は何だったんだろう、と思うほど穏やかな日々が続いていたのに…。
その感情はほんの少しの事でまた蘇る。
「……今日も家の呼び出しかな」
21時。
いまだに戻ってこない秋の事を考えながらソファに座りこみ、抱えていたクッションを横に放り投げた。
惰性でつけているテレビの音楽番組では、アイドルグループがCMタイアップ曲を元気いっぱいに歌っている。
「考えてみたら、秋の好みって聞いた事ないかも…」
テレビに映るアーティスト達を見て、フッと思った疑問。
これだけ毎日顔を合わせているのに、秋とはそういう話をした事がない。
…あの男の子、可愛い感じだったな…。
秋に告白していた中庭の子が頭に浮かぶ。
「…って、何考えてるんだよ俺はっ」
何やら変な方向へと流れ始めた思考に気づいて慌てて頭を左右に振り、脳裏に浮かんだ映像を振り払う。
「なんかおかしい…」
よくわからない自分の感情に振り回されている自覚はある。でも、よくわからないからこそ、どうすればいいのかもわからない。
鈍い疲れを感じて、溜息と共にソファーの背もたれに思いっきり凭れかかる。
それと同時。
静かにドアが開く音が耳に入ってきた。
一瞬だけ早くなった鼓動と共に振り向くと、ちょうどリビングに入ってきた秋と視線が合う。
「ただいま」
「おかえり。…もしかして今日も家の呼び出しだったのか?大変だな」
「まぁね…。でも、こればかりは避けて通れないから」
苦笑いしながらコートを脱いでいる秋を見て、疑問が浮かんだ。
何故こんな頻繁に呼び出されるんだろう。
「…ん?どうした?」
ジーッと見つめている俺に気付いた秋が、不思議そうに首を傾げて問いかけてきた。
聞いていいのか悪いのか…。家の事には関わらないでほしいと言われたことがある手前、さすがに躊躇してしまう。
悩んでいる間に、コートと荷物を置きに一度ベッドルームに入っていった秋が、またすぐリビングに戻ってきて俺の隣に座った。
「それで?深のその妙な顔の理由は?」
「妙な顔って…、失礼だな」
おかしいとか気持ち悪いとか妙だとか…。最近の俺は顔芸が激しいのか。
物凄く複雑な気持ちになったけど、楽しそうに笑う秋の顔を見たら、今なら聞いても大丈夫なような気がして覚悟を決める。
「…あのさ…、秋ってよく家に呼び出されてるよな。…それって、なんでなのか聞いてもいい?」
「………」
俺の質問に、今度は秋が妙な顔のまま押し黙ってしまった。
何かを考えるように視線を斜め下に落とした様子に、慌てて手を振る。
「やっぱり答えなくていい!変な事聞いてゴメンっ」
「結婚相手候補の選別」
「……え…?」
「俺が将来結婚する相手の候補が次々と現れるせいで、その対応が大変でね」
「………」
思いもよらなかった返答に、何も言えなくなってしまった。
…なんだろう…、息が詰まって…苦しい。
「俺がいないと親の都合で勝手に決められそうで怖いから、話が来たら必ず家に戻る事にしてる。…なかなかシュールだろ?」
冗談めかして笑う秋に、なんとか俺も笑顔を作った。けれど…上手く笑えている自信はない。
「…もう婚約者を決めるのか…、大変だな…」
「だから、勝手に決められない為に日々奔走してるんだよ。でも俺は、自分が好きになった相手以外と一緒になるつもりはないから」
そう言いきった秋に、「そっか…」と返しただけで視線を外した。
秋が好きになる相手は、とても幸せになれるんだろうな…。とても大切にされるはず。
「深?…どうした?」
「ん?…いや…なんでもない」
顔を覗き込んできた秋に緩く首を振りながら、励ましの意味を込めてその肩を軽く叩くと、秋も意味がわかったのかフッと笑いが返ってきた。
「頑張れよ、愚痴くらいなら俺も聞くから」
「ありがとう。…でも大丈夫だよ。深がそこにいてくれるだけで楽しくなれるから」
「ちょっと…、それどういう意味だよ」
まるで俺の行動が笑えると言わんばかりのセリフに怒った振りをしてみたけれど、心の片隅にある妙なモヤモヤ感は増すばかりで、消える事はなかった。
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