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学園生活Ⅱ-38

†  †  †  † 12月に入ると、本格的な冬の寒さになる。 学園内でも皆マフラーやコートを身に着けだした。 俺は…といえば、暑さには弱いものの寒さには強いせいで、いまだに制服以外の物は身に着けていない。 だからと言ってそんな格好のまま昼休みの屋上にいれば、いくら俺でも普通に寒いと思うのは当たり前で…。 「…この風さえなければ…」 フェンスに背を預けて寄りかかりながら、真正面から吹きつける風に目を細めて文句を言った。 自然現象に文句を言ったって風が止むわけはないけれど、気分が斜めっている今の俺にはこの風すら憎たらしい。 頭をスッキリさせたくて、普段から人気の少ない屋上に来てみたのはいいけれど、正直この寒さにはめげそうだ。 『早いね、深。せっかくだから一緒に行こうと思ってたけど、無理かな』 『ごめん。今日は日直だから早く行くよ。悪いな』 今朝の秋との会話を思い出す。 日直なのは嘘じゃない。 でも、早く行かなければならない事はない。普通の時間で大丈夫だ。 …ただ、俺が秋と一緒にいたくなかっただけ…。 数日前に、何故か突然高槻さんから電話があって思わず変な事を言ってしまったけど、…それでもやっぱり自分の胸の中のモヤモヤが解消される事はなかった。 婚約者の話を聞いて以来、秋と自分の間に見えない溝が出来てしまったみたいだ。 もちろんそれは俺の中だけの溝だけど、…何故こんな複雑な気持ちになるのかわからない。 普通に会話する自信がなくて、ここ最近はついつい秋を避けてしまっている。 たぶんそろそろ秋もおかしく思うはずだ。 「…ハァ…、駄目だな…俺って…」 周りに比べると、自分だけが幼い気がする。 だからかな…、婚約者だなんて、さらに秋が大人に思えてショックだったのかもしれない…。 緩く息を吐き出して見上げた空は、空気が澄んでいるせいかいつもより高く見える。 そんな空は、どこまでも遠く遠く…、どうにもならない自分の状態を表しているみたいで、微妙に切ない気持ちになった。 「おい」 「え?…っぅ!」 放課後。 真藤と薫と一緒に教室を出て歩き出した瞬間、背後から声をかけられると同時にヘッドロックまでかけられて、口から呻き声が洩れた。 誰だよ!? 「あ~!」 「……」 後ろを振り向けない俺に代わって薫が何やら反応を示している。 どうやら背後にいるのは顔見知りらしい。 けれど、真藤が無言のまま顔の表情を険しくさせたという事は、あまり歓迎される人物ではないという事だ。 「早いね~宮原君。ホームルームが終わった瞬間にこっちに来たんでしょ~」 …宮原かよ…。 薫の口から出た名前に、真藤の険しい表情の意味がわかった。 視線が合った途端、溜息と共に肩を竦めた真藤につられて俺まで溜息が出てしまう。 「あれ?…あ~、しょうがないな~。早く返してね~」 そんな薫の言葉が聞こえたかと思えば、後ろ向きの体勢のままズルズル引きずられる俺の体。 「な…、ちょ…待て」 慌てる俺の目に映ったのは、「いってらっしゃ~い」と手を振る薫と、呆れた様子の真藤だった。 …っていうか、なんで声を出していない宮原と意思の疎通が出来るんだよ薫は! 心の中で薫に向かって文句を吐き出しながらも、いまだに背後の宮原を見ていない後ろ向きのまま廊下を移動するはめとなった。 「寒いな」 全然寒そうには見えないふてぶてしい態度で呟く宮原。 「…お前…、まず他に言う事があるだろ」 あのまま中庭まで引きずられ、ヘッドロックから開放されていちばん最初に聞こえた言葉がそれって…、さすがに俺も先輩としての威厳が…。 けれど、なんの事だ?とばかりに素で不思議そうな眼差しを向けられた瞬間、もう諦めた。 「あー、もういいよ。……そういえば久し振りに会う気がするけど、気のせいか?」 「気のせいじゃなく久し振りだな。家の用事で休んでた」 「…そっか…」 家の用事と言われれば、例の特殊家業なだけにあまり突っ込んで聞く事もできず…。 ベンチに座って何も言わず前方へ視線を向けている宮原につられ、その隣に座って正面に広がる花壇に視線を向けた。 そのまま暫くの間、お互いに口を開かずただボーっとする。 沈黙が続いても居心地が悪くならないのは、それだけ宮原と俺の距離が縮まっている証なんだと思う。 「…噂を聞いた」 「噂?」 不意に話しだした宮原に視線を向けると、本人はまだ前を向いたままだった。 「わざわざ言うって事は、俺の噂を聞いたって事だよな?」 そう問うと、言葉には出さずに小さく頷く宮原。 今までの事から考えれば、俺の噂が流れる時って大抵良くない内容なんだよな…。 言いたいことがあるなら陰でこそこそ言ってないで直接言えよ! そう叫びたいのをグッと堪える。 けれど…。 「アンタと黒崎秋が、とうとう仲違いしたって噂を聞いた」 「………は?」 宮原の口から出た予想外の内容に、唖然…と口を開いた。 「その様子だと、ガセネタか」 「あ…たりまえだろ。秋とは変わらず仲良くやっ……、」 そこまで口にした瞬間、はたと気づいた。 もしかしてこの噂の原因って…、俺か!? ここ最近秋を避けてた俺の態度が、そんな噂を生んだのかもしれない。…というか、そうとしか思えない。 「…まずいな、それは…」 片手で額を覆って俯く。 原因が俺なら、どうにかしないと…。 自分の馬鹿さ加減に、本気で頭が痛くなってくる。 「おい」 「…いっ…、何だよ」 額に当てていた手を、横から強い力で引っ張られた。 もちろん犯人は一人しかいない。 俯かせていた顔を上げて横を見ると、宮原が挑戦的な笑みが浮かべている。 「……なに…、その顔」 「ちょうどいい機会だろ。この辺でそろそろあの人から離れてもいいんじゃねぇの?」 「意味わからない事言うなよ。友達と離れる必要がどこにある」 「…友達ねぇ…」 そう呟く宮原の、馬鹿にしたような笑いが妙にムカついてしょうがない。 友達の何が悪いんだ。

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