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学園生活Ⅱ-42
「それは、なんで?…って理由を聞いてもいい?」
「………」
理由?
そんなの、自分でもよくわかってないのに言えるわけがない。
胸の内を探ってみても適当な言葉が思いつかず、口を閉ざして黙る。
その内に、秋が一呼吸置いてからまた言葉を発した。
「食堂での事、聞いたよ。深が、俺と親しくなりたいとは思ってないって言ってたって」
「…っ…あれは、そういうつもりで言ったんじゃない!」
やっぱり、あの発言は秋に伝えられたんだ…。予想していたとはいえ、これは結構きつい。
頭を横に振って必死に否定すると、秋が小さく頷いた。
「…うん。伝えてきた子達がどういう人間か知ってるから、深が心からそんな事を言うはずがないって事はわかってる。でも、最近の深を見ていると、完全には信じられないんだ」
「…それは…」
それはそうだろう…。鈍い人間ならともかく、相手は秋だ。
普通なら気づかない事さえも気づくような相手に、俺の態度の変化がわからないはずがない。
だからといって、自分の中のモヤモヤを口に出して言う事が出来ない今の状態では、目の前から突き刺さる鋭い視線に顔を俯かせる事しか出来ない。
そんな俺に呆れたのか、また短い溜息を吐かれてしまった。
「…あともう一つ。……中庭で宮原櫂斗と密会してたって噂を聞いた」
「は?密会!?」
あまりの驚きに、俯き気味になっていた顔を勢いよく上げる。
そんな俺を見る秋の顔は真剣そのもので…、冗談を言っている様子はない。
よくよく考えてみれば、確か以前に、宮原とは親しくするな…というような事を言われていた気がする。
そして頭を過ぎった情景。…中庭で密会って…、まさかこの前の取引…。
自分の顔から、徐々に血の気が引いていくのがわかった。
その噂というものが、どこまでの事なのか。まさか例のキスの場面まで誰かに見られていたなんて事になったら…。
…秋に、軽蔑されるかもしれない…。
今更ながらに、あの時の自分の行動を後悔した。
「その様子だと、密会っていう言葉はともかく、宮原と会っていたって事は事実みたいだね」
「………」
「それで?そんな顔をするって事は、知られてまずいような何かを宮原としてたって事かな」
「…え…?」
取引の出来事までは噂になってない?
秋の口ぶりだと、疑ってはいるけれど、中庭で何をしていたのかまでは聞いていないようだ。
それがわかった瞬間、全身の力が抜けるような錯覚に陥った。
けれど、それも束の間。知られていない事にホッとした自分に、嫌悪感が湧き起こる。
ずるいな…俺は…。
「ごめん…」
自然とそんな一言が口をついて出た。
「俺にその噂を告げに来た子が、天原さんは誰にでも取り入ろうとしてるから気をつけろって忠告までしていったけど…、今のごめんは、そういう事?」
「それは違う!」
気付けば、秋の眼差しが冷たいものに変わっている。
こんな目を向けられたのは初めてで…、心に刺さった痛い衝撃を堪える為にグッと唇を噛み締めた。
「深…。最近俺の事を避け始めたのは、……もしかして宮原の事を好きに、」
「は!?ちょっと待てよ、何それ」
あまりと言えばあまりの言葉に、秋の言葉を途中で遮った。動揺に手が震える。
「宮原に俺との仲を誤解されたくなくて、食堂であんな事を言ったの?」
「だから違……ッ…!?」
尚も言う秋に一歩近づいて、続く言葉を止めようと腕を伸ばしたその瞬間。
物凄い力で引っ張られ、そして言葉を奪われた。
噛み殺されるかと思う程強引に塞がれた唇を食まれ、状況が理解できなくて呆然としている内に、後頭部にまわされた手により更に強く引き寄せられる。
…な…んで…。
普段の秋からは想像も出来ない程に乱暴な…。
薄く開いたままだった隙間から容赦なく舌が割り込まれ、絡めとられ、嬲られる。
呼吸が苦しくなったところで我にかえり、秋の胸を押し返そうと両腕に力を込めた。
けれど、その動きを封じられる程の強さで思いっきり抱きしめられる。
秋の暖かい体温を感じ、いつものフレグランスが間近で香る。
何度も角度を変えられる口付けは性急で、ときおりクチュリ…と聞こえる水音と荒い呼吸音が、静かな室内に響く。
何十秒…、何分…。
どのくらい経ったのかわからないけれど、既に抵抗すら諦めた俺が開放されたのは、もう自分の足で立つことが出来なくなってからだった。
秋の腕が離れた途端、埃っぽい床に崩れ落ちる。
…もう…何がなんだかわからない…。
荒い呼吸のまま、座り込んだ視線の先に見える床の節目を、ただ見つめる事しかできない。
頭が真っ白で何も考えられない…。
「…………深…。俺だって、いつも優しくできるわけじゃない。自分を抑えられなくなる事だってある。…それを、覚えておいて」
俯いたまま、頭の上から降ってくる秋の声。
何も返せずに黙っていると、静かに踵を返した秋がゆっくりとした足取りで教室から出て行ったのがわかった。
扉が閉められて室内に自分一人だけになった瞬間、何かが床に落ちる。
…ポタポタポタ…
大粒の水の雫。
震える指で頬を触ると、その雫は自分の目から溢れた涙だった事に気がついた。
「…そんなに怒ってるなら…殴ればいいだろ…。なんで…キスなんかするんだよ…っ…!」
いまだに何かが触れている感じのする唇で叫ぶように言葉を吐き、涙で濡れた指先をグッと強く握り締めた。
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