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学園生活Ⅱ-43
† † † †
「はい、終了。いちばん後ろの人、自分の列のテスト用紙集めてきて」
教師の声と同時にガタガタと数人が椅子から立ち上がる音がして、いちばん後ろに座っている生徒がテスト用紙を集めながら前に移動をはじめた。
教室内のあっちこっちから「疲れた~」「なぁ、ここの答えってさ~…」といった声が溢れ出す。
今日でやっとテスト期間が終了。
自分の列の集めたテスト用紙を教師に渡し、同じく隣の列の真藤もテスト用紙を教師に渡したのを見て片手を上げた。
「お疲れ、真藤」
「あぁ、お疲れ。これでやっと気が抜ける」
「いつも十位以内に入ってるくせによく言うよ」
「お前だって同じようなもんだろ」
「十位以内と三十位以内じゃ天と地の差があるんだよ」
そう言って笑いながら席に着くと、珍しく薫が机に突っ伏している姿が目に入った。
「…か…薫?」
後ろから恐る恐る声をかけた途端、まるでゾンビのような動きでムクッと体を起こした薫。そして、ノォ~ンという効果音でもしそうな顔でこっちを振り向いた。
怖っ…。
今更ながらに声をかけた事を後悔したけれど、もう遅い。
どうする!?
助けを求めて隣に視線を向けるも、真藤は「ご愁傷様」とばかりに両手を合わせている。
自分でなんとかしろって事か!
諦めの溜息を吐いて薫に向き直り、出来るだけ爽やかに話しかけた。
「どうしたんだよ薫。いつもの薫らしくないな」
「……ぅうう~…深く~ん~、僕もうダメかも~~」
今にも呪われそうな声と表情に、若干引き気味になった俺を誰が責めよう。
「だからどうしたんだよ。テストの出来が悪かったとか?」
今の状況下ではいちばんありえそうな事を言ってみたけれど、ノォ~ンとした空気を漂わせている薫は首を左右に振った。
わからない。まったくわからない…。どうするんだよコレ。
再度隣に助けを求める視線を向けると、もうすでに真藤の姿はなかった。
「…くっ…、逃げたな」
1人だけ逃げた真藤に殺意が湧く。
そのまま教室内を見渡しても、全てのテストが終了した事で開放的になったのか、ほとんどの生徒がいなくなっていた。
俺にコレをどうしろと!?
恐る恐る薫を見ると、何故かその様子が先程までとは一変していた。
「……薫…?」
どんぐり眼は鋭く細まり、どこからどう見ても不機嫌としか思えない表情。
おまけに、漂うオーラがブラックさを醸し出している。
…まさか…これは…。
「どういう事か俺に説明しろ」
「………」
出た…、素の薫…。
以前、真藤に『もしかして薫って二重人格?』と聞いた事がある。
その時に返ってきた答えは、
『いや…、ブラックの方が素だ。普段は猫を被って自分の外見に似合うようなキャラを演じてるけど、感情が昂ぶって猫を被れなくなると素が出るっていうだけ』
というものだった。
それを踏まえて考えると、今の薫は、猫を被れなくなるほど感情が昂ぶっているという事で…。
なんでだよっ!誰も何もしてないだろ!?…って、まさか…原因は俺…ですか?
「説明って、…なんの?」
とぼけている訳じゃなくて、本当にわからない。
それなのに、途端に薫の不機嫌さが増してしまった。
「なんの?じゃないだろ。最近の態度、大人しく見守るつもりだったけど我慢の限界だ」
薫が素に戻ってしまう程の何かをしたつもりはない!
俺が焦っている間にも、非常に男前な顔つきの薫は勇ましく席から立ち上がった。
さっきまでのノォ~ンとした空気はどこへ行ったのか…。
怖くなって俺も立ち上がろうとしたけれど、肩をグイッと押さえつけられてしまえばそれすら出来ず。
「黒崎と何かあったんだろ?なんでそれを俺達に言わない。無理してる事が見え見えな状態で、俺達が心配しないとでも思ってるのか?それとも俺達がそれに気づかない程バカだと思ってたのか?そんなお前を気にしないでいられる程、薄情な人間だと思ってたのか!?」
「…薫…」
上から見下ろしてくる薫の顔は、怒ってはいるもののどこか悲しそうで…。
俺は、そこでようやく自分の間違いを悟った。
あの空き教室での一件から数日、表面上だけの会話しかしなくなった俺と秋。
本当は、心の中の不安な思いやどうにもならない思いを、誰かに聞いてほしかった。
けれど、いつも心配ばかりかけている薫と真藤に、これ以上面倒をかけたくない…と、そう考えて何も言わなかった。
…でも、二人はそんな俺の状態をわかっていたんだ。
変な遠慮をする程度の間柄だったのかと…、素に戻ってしまうくらい怒る薫に、ただただ嬉しさが込み上げる。
…どうしよう…、泣きそうだ…。
怒られているのに喜んでいる自分がマゾみたいで、今度は笑いの発作が湧きおこる。
「…はぁ~…。ちょっと~、深君、人の話聞いてる~?フリーズしたり泣きそうになったり笑ってみたり、気持ち悪いぃぃぃぃ」
笑いを噛み殺していると、ようやく猫をかぶれる状態になった薫がいつもの調子に戻り、口を尖らせてブーブー文句を言い始める。
「気持ち悪いとか言うな。……でも、ありがとう」
「まったくもう…。抱え込んでないで言ってよね~。要ちゃんだって何も言わないけどすごく心配してたんだから~」
か…要ちゃん…?
って、それまさか真藤の事か!?
いつも、仏頂面かニヤリとした笑いのどちらかの表情を浮かべている真藤が“要ちゃん”!
これを笑わずに何を笑うんだ。
笑い過ぎの呼吸困難で涙まで出てきた。
「…なんだ、やけに楽しそうだな?天原」
「ッハハハハ!……ッゴホ…、え…?」
不意に聞こえた温度のない声。
恐る恐る振り向くと、後ろの扉に寄り掛かって腕を組み、冷たい目つきでこっちを見ている真藤の姿があった。
「何をそんなに笑ってるんだ?ここ数日すっごく大人しかったのにな?」
「あー、えーっと…」
まさか「要ちゃん」に笑ってました…なんて、とてもじゃないけれど言える雰囲気じゃない。
いやでもこの凍土の如き眼差しは、さっきの会話を聞いていたとしか…。
動物的本能で咄嗟に目を逸らして慌てている俺を見た真藤は、思いっきり深く溜息を吐いて教室に入ってきた。
目の前まで来て、何も言わず無造作に俺の頭をポンポンと叩いてくる。
「話は終わったんだろ?早いけど、夕飯食いに行くぞ」
「行く行く~!お腹空いた~!…深君も、お腹空いたよね?」
椅子から立ち上がった俺を下から覗き込んでくる薫に、大きく頷き返す。
「今日は久しぶりにたくさん食べられそうだ」
途端に嬉しそうに笑う薫。
隣では、真藤までもが微かな笑みを浮かべていた。
「はいは~い、それでは食堂までご案内~」
俺と真藤の腕を掴んで歩き出す薫に引き摺られて教室を出る際、小さく「ありがとう」と呟いた。
二人の耳に届かなかったかもしれないけど、どうしても言いたかったんだ。
気のせいか、俺の腕を掴む薫の力が強くなったような気がした。
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