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学園生活Ⅱ-50

†  †  †  † 今年初の降雪は、風花なのか本当に降っているのかわからない程度の、チラホラとしたものだった。 「さすがに雪が降ると寒いね~。深君は病み上がりなんだから気をつけてよ?また風邪ひいたら僕怒るからね」 教室の窓から外を眺めて寒そうに首を竦めたものの、それでも雪は嬉しいのか顔を輝かせていた薫が、こっちを振り向いた途端に心配そうな表情になる。 本当に風邪だったなら、大丈夫大丈夫と軽く返せるけど、嘘を吐いているという自覚のある今の俺には、曖昧に笑い返すことが精一杯だった。 月曜の夜に鷹宮さんとの事があって…、気を失った俺が目覚めたのは火曜日の昼。 鷹宮さんが病欠扱いとして学校に申請を出しておいてくれたおかげで、火曜日は一日のんびりと鷹宮さんのベッドで寝ていた。 結局、水曜日も自分の部屋のベッドでゴロゴロ寝転がって休んでしまい、…木曜日の今日、完全に体力を戻して学校へ登校してきた。 火曜の別れ際に鷹宮さんは、 『今回の事は僕が強引にした事だ。だからキミは気に病むんじゃないよ』 と、絶対に思い悩むだろう俺の事を見越した上で、そう言って送り帰してくれたけど、…それは無理な話だ。 一度だけだった宮原の時とは違い、抱き潰された形になった今回の体にかかる負担はかなりのものだった。 それに、鷹宮さんがあんなに容赦無い抱き方をするなんて思わなくて…。 優しいのに容赦ないってどういう事だ。 そこまで考えた瞬間、一気に頭に血がのぼる。思い出した自分が馬鹿だった。 今回の出来事で心に残ったのは、混乱と、後悔と、…焦り。 そして、初めて知った鷹宮さんの心の内にある消せない傷。 どうしていいのかわからずにグルグルするだけの自分が情けない。 溜息を吐いて上半身をパタリと倒し、机に頬をつけて目を閉じた。 今日の授業も終わり、俺と薫と真藤しかいなくなった教室は、雪のせいもあってかとても静かに感じる。 「あ~あ…、こんな中で練習なんて嫌だな~」 「お前の場合は雪なんて関係ないだろ。それどころか雪で多少凍えた方が他の部員の為だ」 耳に入る真藤と薫のやりとりに、言葉には出さず何度も頷く。 凍えてれば鬼薫も少しは大人しくなるだろ…。 「それどういう事かな~…。…まぁいいや、行ってくる~」 「程々にな」 「頑張れ」 机に伏したまま、適当に片手を振って見送った。 そして残された俺達二人は、特に話すこともないまま暫くボーッとしていたけれど、唐突にその静けさを破って真藤が口を開いた。 「それで?今度はどんな厄介事を抱え込んだんだ?」 「え?」 気が抜けていたところへの一撃に、心臓がギュッと縮むような痛みを覚える。 机から体を起こして窓際に立つ真藤を見ると、その表情からは本気で心配している様子が伺えた。 「…なんで…」 いつもと同じようにしていたはずなのに…、何故わかったんだ…。 動揺混じりに呟いた俺の言葉に短く嘆息した真藤は、腕を組んで背後の窓ガラスに背を預けると言葉を繋げた。 「普通の奴ならわからないだろうな。でも、俺と宮本にそれは通用しない。…言いたくない事なら言わなくていいけど、お前の場合は一人で抱え込むとロクな事にならないだろ」 「真藤…」 少しだけ茶化した言葉は、きっと俺の心を軽くするための物だろう。 その優しさに、ホワリと肩の力が抜けた気がした。 「…真藤は、答えが出ないまま…状況に流されてしまう事って、ある?」 「俺は無いな。……けどそれは、そこまで切羽詰まった出来事に遭遇した事がないって言うだけであって、対応可能範囲外の事が起きたらどうなるかわからない」 「…そっか…」 あまりにも真藤らしい誠実な答えに小さく笑ってしまった。 真藤や薫、夏川先輩とか前嶋だったら、たぶん何も気にせず今まで通りに話せる。 でも、…秋だけは、もう無理かもしれない…。どうしたらいいのか、わからない。 この数日、できるだけ秋を避けていた。 それはもう、その前までの避けっぷりとはレベルが違うくらいに避けまくっている。 そんな俺の行動が、あの鋭い秋にバレていないはずがない。 「…あぁ~もうっ!情けないくらいに女々しいな、俺は!」 バンッ!と両手で机を叩きながら立ち上がった。 自分が取った行動にウジウジと悩んで秋を避けて…、それでどうなる? どうにもならないし、更に悪化するだけだ。 「落…ち着け、天原」 自分に渇を入れるつもりで取った行動だったけど、横を見ると珍しく真藤が顔を引き攣らせている。 さっきまで落ち込んでいた奴が突然騒いで机叩けば、誰だって驚くよな。…ちょっと恥ずかしい、かも。 とりあえず「ハハハハ」と笑って誤魔化したけれど、真藤の顔には呆れのようなものが浮かんでいた。 「それだけ元気なら、まだ大丈夫そうだな」 「まだって言うな。全然大丈夫に決まってるだろっ。……でも、気にかけてくれてありがとう」 まともに礼を言うなんて恥ずかしくて顔を背けて呟いたけれど、真藤にはしっかり伝わったらしく、無言で頷かれた。 「よし、俺達も帰るとするか」 「…あぁ、そうだな」 寮に帰って秋と顔を合わせる事を考えてしまえば自然と歩みは遅くなるけど、逃げてばかりもいられない。 心の中でもう一度だけ気合を入れなおし、真藤と並んで教室を後にした。 side:黒崎 「それではこれで本日の委員会を終了します」 副委員長のその声で、執務執行委員会の部屋であるこの室内の緊張が解けた。 資料をまとめる者、伸びをしてから早々に席を立つ者、隣に座る相手と話す者。 それぞれの様子を視界の端に入れながら、手元の資料をファイルに綴じこんだ。 そんな作業をしながらも、頭の中では別の考え事が巡る。 …昨夜遅くに帰った時には、深はもう戻ってベッドで寝ていた。 月曜の夜から部屋に戻らず、いったい何処で何をしていたのか…。 何かあったのかと心配していたけれど、無事に戻った様子を見ると、何かに巻き込まれた訳ではないようだ。 それなら尚更、2日近く部屋を空けた理由がわからない。 もしかして俺と顔を合わせたくないのか?とも考えたけど、深の性格を考えるとそれだけの理由とは思えない。他にも何かあるはずだ。 昨夜からこの考えの堂々巡りで、埒があかない。 溜息を吐いて額を片手で覆った。 「黒崎先輩、調子悪いんですか?」 「…ん?…いや、なんでもないよ」 心配そうな声に顔を上げると、斜め前に座っていた一年生が気遣わしげにこっちを見ていた。 そこでやっと、周りに気づかれるほど表に感情を出していた自分に気付く。 深が俺を避けているからといって、俺まで意固地になってどうするんだ。 寮に帰ったら、しっかり話し合った方が良さそうだな…。 いまだに心配そうにこっちを見ている後輩に笑みを向けてなんでもない事を告げ、早々に手元の資料を片付けるべく作業を開始した。 side:黒崎end

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