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学園生活Ⅱ-51

寮に戻っても、さすがにまだ秋の姿はなかった。 17時過ぎ。この時間だと、委員会やら何やらで忙しく働いている頃だろう。 「…ハァ…」 姿がない事に、なんとなくホッとしてしまう。 でも、逃げてばかりもいられない、今日こそは普通に接しよう。 『普通』というのがどんな感じだったのか、すでにわからなくなっていたりするけれど、…それでも今日こそは避けるのは止めようと心に誓った。 その瞬間、 ガチャリ 扉の開く音と、 「ただいま」 秋の声がした。 今日に限ってなんでこんなに早いんだ、まだ心の準備が出来てない! あまりに突然の事で、緊張に顔が強張る。 頭の中が真っ白になったまま立ち尽くしていると、秋がリビングに入ってきた。 「…深」 入り口で、少しだけ驚いたように立ち止まる秋。 それはそうだろう…、同室者がリビングの真ん中で何もしないで立ち尽くしてれば誰だっておかしく思うはずだ。 「あ…、おか…えり。珍しく早いな」 「今日は大事な用事があるから、早めに終わらせてきた」 「そっか…」 って事は、また出掛けるんだ。 コートを脱ぎながらベッドルームへ向かう秋から視線を外し、体を投げ出すようにドサッとソファに座り込んだ。 今日こそは…って意気込んでたけど、やっぱり難しいな…。 横にあったクッションを手繰り寄せ、フカフカのそれをギュッと抱きしめて溜息を吐く。 「……どうするんだよ…もう…」 「どうするって、何が?」 「えっ」 真後ろから聞こえた声に驚いて振り向くと、ソファの背後に立ち、背もたれに両手を置いて俺を見下ろしている秋がいた。 いつの間にリビングに戻ってきたんだ…。 独り言を聞かれた気まずさに視線を逸らし、またクッションを抱えなおして体勢を元に戻す。すると何故か秋も、背後から横に移動してソファに腰を下ろした。 出かけるんじゃないのか? 久し振りの近距離に緊張する気持ちと、出かけるはずなのに何故座るんだろうという疑問を抱きながら秋の横顔を眺める。 そんな俺の視線に気づいたのか、秋は少しだけ首を傾げてこっちを見てきた。 「…なに、不思議そうな顔して」 「あ…うん、いや…。出かけるんだろ?」 「え?出かけないけど?」 「…え?」 お互いに「?」マークを頭に浮かべて見つめ合う。 そういえば、『大事な用事があるから早く帰ってきた』とは言ってたけど、『出かける』とは一言も言ってなかった気がする。 でも…。 「…大事な用事が、あるんだろ?」 「そうだね」 「こんな所で時間つぶしてて大丈夫なのか?」 「時間をつぶしているつもりはないんだけどな…」 「……?」 秋の行動と言動がよくわからない。 混乱したままパシパシと目を瞬かせていると、突然秋が噴き出して笑い始めた。 その突然の笑いの発作についていけなかった俺は、「な…、え…?」と意味不明の言葉を口走る事しかできない。 今の会話のどこに笑う要素があったんだ!? 「ククククッ…、ごめん。深があまりにもキョトンとした顔してたからつい」 「……」 そんなに俺の顔が間抜けだったって事かよ…。 眇めた目を向ける俺を見てさすがに悪いと思ったのか、いまだに笑いながらも「本当にごめん」と謝られた。 ワザとらしく溜息を吐いてみせるも、そこでフッと気が付いた。 さっきまでの張り詰めた空気が緩んでいる事に…。 その事に秋も気が付いたのだろう、笑いをおさめてゆっくりこっちに向き直る。その表情は柔らかくも真剣で、俺も意識を正した。 「深、…俺が言ってた大事な用事って、なんだかわかる?」 「家の用事…だろ?」 「違う」 即答で否定された。 秋は次の答えを待っているみたいだけど、それ以外の大事な用事なんて俺にはもう思いつかない。ただ首を傾げるのみ。 すると秋は軽く頷いて、「…まぁ、これで当てられたら逆に驚くけどね」そう言って苦笑いを浮かべる。 じゃあ聞くなよ…。なんて思ったけれど、そんな事より何より、何か言いたげな秋の様子がひどく気にかかってしょうがない。

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