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学園生活Ⅱ-52
「とりあえず、その“大事な用事”っていうのを先に済ませた方がいいんじゃない?」
見つめてくる秋の視線に居心地が悪くなり、急かすように促した。
それなのに。
「…そうだね」
気のない様子でボソッと呟くように言った秋は、次の瞬間、いきなり俺の手首を掴んできた。
突然の事に反応もできず、されるがままに顔がぶつかるほど間近まで引っ張られる。
何も言えず、茫然として目の前にある顔を見つめる事しかできない。
らしくない少し乱暴な行動に固まっていると、そんな俺を見て暫く沈黙していた秋は、それまでの表情から一転して硬質な空気をまとった。
「……深が俺を避けている理由と、月曜の夜から水曜の朝まで何故部屋に戻って来なかったのか…、教えてくれる?それをハッキリさせる事が、さっきから言ってる“大事な用事”」
大事な用事っていうのが俺を問い質す事だったなんて、わかるわけがない。
一斉に踏まれてしまった地雷に、できる事なら意識を失いたいくらいに空気が薄くなった気がした。
さっきまでの緩んだ雰囲気はいったいどこへいってしまったのか…、俺と秋の間に張り詰めた糸のような緊迫感が横たわる。
「…そ…れは…」
唇を噛み締めて俯いた。なにをどう言えばいいのかわからない。
秋や周囲の人間とのぐちゃぐちゃに絡み合った感情。
流されて受け入れてしまった行為。
「両方とも、俺に言えないような理由?」
「違っ…!」
咄嗟に顔を上げて否定しようとしたけど、完全に否定する前に言葉を止めた。
秋の言うとおり、言えないような理由だからだ。
秋が告白されたり、誰かとお見合いをしている事に対して何故かショックを受けて避けてしまいました。
宮原ばかりか、鷹宮さんとも関係をもってしまって、…月曜の夜から鷹宮さんの部屋にいたので帰れませんでした。
………そんな事実を、どう言えと?
全部自分の責任なのはわかってる、…わかってるけど、それを言う勇気が俺にはない。
「…ごめん」
ギュッと唇を噛みしめ、深く俯いてただ一言そう呟いた。
side:黒崎
「…ごめん」
深の放ったその一言が、ずしりと重く心に圧し掛かったのを感じた。
答えられない事に対しての「ごめん」なのか、俺に対して言えないような何かをしたから「ごめん」なのか…、どっちにしろ、俯いてしまった深はもうそれ以上何も言う気がないのだろうとわかった。
掴んでいた手首をそっと離す。
…やはり宮原が関係しているのだろうか…。それとも、誰か他に気になる相手ができたから、俺との事を誤解されないように距離をとろうとしているのか。
黒崎家と天原家の名に関連して引き起こされる周囲の反応が、わずらわしくなったとも考えられる。
でも、いくら考えてみても、深が言わない限り本当の答えはわからない。
自分ではどうにもならない苛立ちに深く溜息を吐くと、隣に座っている深がビクッと肩を揺らしたのがわかった。
その反応に、胸の奥がギリっと痛む。
深にとって俺は、心を許せる人間じゃないのかもしれない。
誰にだって、他人には言えない事や言いたくない事がある。それは理解している。
けれど、深に対してだけはその考えを貫けない。
全てを知りたい。隠し事をされたくない。
………他の誰とも、親密になってほしくない…。
どこまでも我が儘な自分の感情に、情けなさすら覚える。
これでは深が安心して話をしてくれるわけがない…な…。
自嘲しながら、静かにソファから立ち上がった。
それでも俺と視線を合わせない深の頭を上から優しく撫で、
「さっきの質問、冗談だよ。実はそんなに気にしてない。…大事な用事っていうのは深がさっき言ったとおり家の用事」
軽い口調でそう伝えた。
すると、跳ね上がるように深が顔を上げた。
そこには、混乱と安堵の表情が浮かんでいる。
「…え…、もしかして秋、嘘ついた?」
「うん、ごめん。ちょっと意地悪しただけ」
「な…んだよ…」
ホッとしたように体の緊張を解く姿に、苦い気持ちが込み上げる。
本当は、納得がいくまで問い質したい。
けれど、深を苦しめたくはない。
相反する二つの思いが、ギリギリと胸を締め付けてくる。
そんな気持ちが溢れかえらないように蓋をして、顔に笑みを貼り付けた。
「それじゃ、今度こそ本当に出かけてくる。…帰りは遅くなるから気にしないで寝てていいよ」
「わかった」
頷く深の頭をもう一度グシャリと撫で、携帯がポケットに入っている事を確認するとそのまま部屋を後にした。
Side:黒崎end
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