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学園生活Ⅱ-53

†  †  †  † 終業式が明後日に迫ってきた日の午後。 今週から授業が半日になったおかげで、午後からは遊びたい放題! …と、ならないのが現実で…。 目の前の扉を見つめて立ち尽くしたまま、早数分。 【生徒会室】 そのプレートが、今日はやけに目立って見える。 今日が最後の手伝いだと言われて来たのはいいけど、あの一件以来鷹宮さんと顔を合わせるのは初めてで、どんな顔をして生徒会室に入ればいいのかわからない。 「普通にいけばいいんだよな。…普通に…普通に……痛ッ!」 突然目の前の扉が開いて、ガツン!っと大きな音が廊下に響きわたる。 そのガツン!っという音は間違いなく俺の額から奏でられたものだ。 「~~~ッ…」 額を押さえてその場にしゃがみ込んだ。 「あれ!?嘘っ、人がいた!ゴメンなさい!大丈夫ですか!?」 どうやら扉を開けた張本人らしい慌てた声が、頭上から聞こえる。 突っ立ってた俺が悪いといえば悪いんだけど、かなり本気で痛い…。 思わぬ衝撃と痛さで若干涙目になってしまったものの、とりあえず立ち上がった。 「…なんとか、大丈夫です…」 「うわわ、泣かせちゃった、どうしよう。本当にすみません!とにかく中に入って休んで下さい!」 ジンジンと鈍く痛む額から手を離して相手を見る。 俺よりも若干背が低くて可愛い系の顔。確かこの子、一年生で生徒会書記の…。 興味深く見つめていると、その後ろから鷹宮さんが姿を現した。 心配と苦笑いが混ざったような表情を浮かべている。 「災難だったね、大丈夫?」 「はい、大丈夫です」 そう言って頷いた途端、二人からホッとした安堵の溜息が零れた。 「良かった…。天原先輩を傷物にしちゃった…なんて言ったら、会長に殺されます。って事で僕は行きますね。天原先輩、お詫びに今度何か奢らせて下さい」 俺が何か答える間もなく、書記の子はもう一度ペコリと頭を下げたあと、慌ただしく生徒会室を出て行ってしまった。 そして気づけば、残されたのは俺と鷹宮さんの二人。 心の準備が出来てない! 「…あ、…あの…、」 「今日は天気も良いし、散歩に出ようか」 「え?…あ、はい」 唐突な話題転換に戸惑うも、優しく穏やかな瞳に見つめられて、すぐさま頷く。 そして、後ろ手に扉を閉めてゆっくり歩き出す鷹宮さんの後に続いた。 Side:宮原 渡り廊下から見える景色の範囲は、そう広くない。 中庭へ続く裏庭と、校庭の一部。そして遠くに視線を向ければ月宮の森が黒く視界に入る。 それらを眺めて、僅かに眉を寄せた。 明日は終業式。 冬休みに入れば、否が応でも家に関わらざるを得ない。 年末年始は、家業においてとても重要な義理事がある。 「……面倒くせぇな」 毎年の事とはいえ、そのウザさに「チッ」と舌打ちが零れる。 渡り廊下と外とを仕切る腰までの高さの柵に、両腕をもたれ掛けさせて寄りかかった。 誰もいない静けさの中でボーっとしていると、脳裏に一人の人物が浮かび上がる。 色素の薄い綺麗な顔立ち。いくらか口が悪くても、どこか品のある仕草。 一つ年上のどこか危なっかしい人物。 …天原深…。 自分のモノにしたいという強い願い。 時折、切りつけられるような痛みを覚える感情と、それとは逆の今まで味わった事がないような甘い感情。 せめぎ合うそれらに翻弄され、苛立ちすら覚える。 どうすればいいのか、わからない。 遊びの相手なら数え切れない程いた。学園を出れば、すり寄ってくる相手はいくらでもいる。 …でも…、 本気で惚れてしまった相手には、どう接すればいいのかわからない。 他人を求める強い渇望。 こんなのは初めてで、身動きがとれない。 「……情けねぇ」 こんな女々しい自分が信じられない。 けれど、心のどこかに満たされる想いがあるのも事実。 なに焦ってんだよ俺は…。 ハッと短く息を吐き出して視線を裏庭へ向けた、その時、 中庭方向から歩いてきた二人の人物の姿が、視界に入ってきた。 天原深と………鷹宮会長、か…。 己の目元が剣呑に細まるのを自覚する。 二人の会話の内容まではさすがに聞こえない。そのまま暫し様子を眺めていると、深の頭を優しく撫でた鷹宮が柔らかく微笑みながら何かを言い、それに対して深が何かを返した様子が窺えた。 そして、校舎方向へ戻る鷹宮と、校庭の方向へ足を踏み出す深。 別れた二人の姿に、一瞬、深の後を追っていこうかと足が動いた。 けれど、すぐにその足を止め、遠ざかる深の後ろ姿を見送るに留めたのには訳がある。 深の顔に、ひどく物憂げな、…何かを真剣に考えているような表情が見受けられたからだ。 遠目とはいえ、たぶん見間違いじゃない。 ああいう顔をしている人間は、一人にしておいた方がいい。 声をかけていい時と悪い時くらい、今までの経験上わかっているつもりだ。 「…まったく…、なんでアイツはいつもあんな顔ばっかりしてんだよ…、気になんだろ…」 理性ではわかっていても、感情では後を追いたい。抱きしめて、からかって、俺の存在を刻み付けたい。 その気持ちをグッと堪えて、今度は思いっきり深い溜息を吐いた。 Side:宮原end

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