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学園生活Ⅱ-54
† † † †
「明日から冬休みだ~!!」
終業式の朝。
教室の黒板の前で仁王立ちして両腕を振り上げた前嶋が、大声で絶叫している。
「前嶋君」
「ん?何?薫ちゃん」
「うるさい」
「………」
にっこり笑った薫とは対照的に、前嶋の顔が泣きそうに歪んだ。
「懲りないなぁアイツも…」
机に頬杖を着いてそんな二人の様子を眺めながら呆れたように呟くも、一昨日の鷹宮さんとの会話が脳裏を過ぎってしまえば、すぐに思考は自分の内側へ沈んでいく。
『体は大丈夫?』
『…はい、もう大丈夫です』
そんな事を面と向かって聞くな~っ!と騒ぎたい気持ちでいっぱいだったけれど、なんとか平静に返した。
俺の答えを聞いた鷹宮さんは、安心したようにホッと安堵の息を吐き出す。
『僕の気持ちは本当だよ。今はそれだけわかってもらえればいい。キミを混乱させたり悩ませたりしたくはないから』
『鷹宮さん…』
優しく微笑む鷹宮さんの顔が、何故か悲しげに見えて戸惑った。
『黒崎とうまくいってないって聞いたけど…、最近のキミのその辛そうな顔はアイツのせいだね?』
『…え…?』
突然そんな事を切り出されて、一瞬頭の中が真っ白になった。
…噂が、鷹宮さんの耳にも入ってるって事…?
『…それは、俺の…せいです。俺が、勝手に思い込んで不機嫌になって秋を避けてたら、そんな事になっちゃって…。…でも、大丈夫です。もう、そうやって秋を避けるのは止めようって…、そんな情けない真似はやめようって決めたので』
『うん、それでいいと思うよ。黒崎はともかく、キミが悲しそうな顔をしているのは嫌だからね僕は』
頷いてくれた鷹宮さんに、自分の考えを後押しされたようでホッとした。
『あまり考えすぎるのは良くない』
そう言って俺の頭を優しく撫でてきた鷹宮さんは、『これから終業式の準備があるからもう行くよ』と言って、また校舎の方へ戻っていった。
俺と1歳しか違わないのに、完全に負けてる。
自分が1年後にあんな風にしっかりしているかと考えると、絶対に無理だと思う。
「格好良いな、本当に…」
「なになに!格好良いって俺の事!?俺の事!?」
いつの間にか真横に前嶋が立っていた。目をキラキラさせて自分の事を指差している。
「お前の事じゃないのは確かだな」
「うわ、要ちゃんまで酷い…」
隣の席からキッパリと一寸の遠慮も無く言い放った真藤に、さすがの前嶋もへこんだ。
という事は、確実に今の俺の独り言は真藤にも聞かれていたという事で…。
…なんだこの恥ずかしさは…。
チラリと横を見ると、真藤がニヤリとした笑みを向けてきた。
やっぱりね…。
その後、講堂で行われる終業式も無事に終わり、あとは夏休みの時と同様、寮の荷物をまとめて家に帰省するだけとなった。
「それじゃあまた来年ね~。良いクリスマスと良いお年を~」
「あぁ、また来年。…っていうか薫、年末の挨拶はまだちょっと早くないか?」
寮部屋の前で大きく両手を振って去っていく薫と真藤に片手を上げながらも、今日がまだ21日だという事に気づいて苦笑いしてしまう。
それでも早いものだな。この学校に来たのが5月で、なんだかんだ言いつつ、もう12月下旬だ。
そんな感慨に耽りながら目の前の扉を開けた。
「おかえり」
「あ…、ただいま」
リビングに入ると、ソファーに座っていた秋が立ち上がって出迎えてくれた。
ソファーの前のテーブルには、何かの書類がバラバラと散らばっている。
仕事をしていたのだろうか。
そんな俺の視線に気づいたのか、ソファーに座りなおした秋が「明日の委員会の資料まとめだよ」なんて言うから驚いた。
「明日のって…、秋、家に帰らないって事?」
今日の終業式が終われば、誰しもが帰省の準備にかかるというのに…。
「帰るには帰るけど、25日の夜か26日の朝になるかな。年が明けてすぐの始業式の段取りを生徒会と話し合わなければならないんだよ」
大変だな…と思ってるのは俺だけじゃないみたいで、本人も乾いた笑いと深い溜息を零している。
不意に、心が緩んだ。
こんな普通のやりとりが久し振りで、嬉しくなる。
「深」
「ん?」
「来年も、よろしく」
「…秋」
自分からは言いたくても言えなかった言葉。それを秋が言ってくれた事が嬉しくて、顔が思いっきりニヤけるのがわかる。
「こっちこそ!また来年も宜しく!」
満面の笑みで大きく頷き返すと、それを見た秋は何も言わずに微笑んで頷いてくれた。
そして、その視線が一瞬だけベッドルームに向けられ、またすぐこっちに戻ってくる。
「もう荷物はまとめた?」
「あぁ、昨日の夜のうちにまとめてある」
ベッドの足元に、荷物の詰まったボストンバッグを置いてある。
後はそれを持って帰るだけ。
夏休みの時もそうだったけど、この瞬間はやけに寂しく感じる。年が明ければまたすぐに帰ってくるのに、感傷的になるのはなぜだろう…。
自分でもよくわからない気持ちを抱えたまま、荷物を取りにベッドルームへ向かった。
「それじゃ、秋、仕事頑張って」
「ありがとう、頑張るよ。年末年始だからって、食べ過ぎて体調崩さないようにね」
「俺は子供かよっ」
ドアの前。
親のような秋の発言に思わず言い返すと、声を出して笑われた。
…きっと、来年からは元の俺達に戻れるよな…。
そんなふうに思える屈託のないやりとり。
「また来年」
「うん、また来年」
秋の穏やかな笑顔に安心しながら、廊下へ通じるドアを開けた。
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