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冬休み2
「最近、お前に関する妙な噂を耳にした」
「妙な噂って…」
…どれの事だろう…。
思い当たる件が多すぎてどの事なのか判断できない。
それもどうなんだって思うけど、でもほとんどは事実無根の嫌がらせの類だからな…。
眉を顰めて考え込んでいるうちに、咲哉はどんどん先へと話を進めていく。
「黒崎に媚びているだの、黒崎と仲違いしただの、鷹宮に取り入ってるだの、…挙句の果てには宮原まで関わってるらしい…と」
「なっ…んの噂だよ、くだらない」
まさかそこまで咲哉の耳に入っているとは思わなくて、素でうろたえる。
いったいどういう経路で流れた噂なのか、そしてそれはどこまでの内容の噂なのか…、心臓がドキドキと脈を速める。
でも、噂で出回っているような話は、知られても問題ないような浅い内容だけのはず。
それなら、なんでもない事のように軽く言えば咲哉も納得するだろう。
落ち着いて話せばなんとかなる。
チラリと横に視線を向けると、怪しむように細められた双眸とぶつかった。
「…べ…つに、俺が秋と喧嘩しようが鷹宮さんと仲良くなろうが宮原と話をしようが、何の問題もないだろ?それに、普段は真藤とか薫の方が一緒にいる時間は長い」
「………」
……この沈黙は何?
怪しいことは何一つ言ってないのに、なんでこんなに機嫌が悪そうな顔をしているんだ?
「どこか問題ある?…それとも、俺に友達を一人も作るなって言いたいのか?」
畳みかけるように言うと、その鋭い視線が横に逸らされた。
…なんだよ…いったい…。
よくわからないけど、嫌な予感が頭の中をグルグルと駆け巡る。
そして、逸らされていた咲哉の視線が、また俺を捕らえた。
この眼は、何か重要な事を言う時の眼だ。
それも、俺には選択肢のない、専断的な…絶対に逆らえない何かを言う時の眼差し。
長い付き合いのせいで、嫌でも相手の表情から読み取れてしまう。
その咲哉の唇が動いた瞬間、緊張にクッと息を飲んだ。
「俺が見ている限り、黒崎はお前の為にならない。それどころか、お前の対外的にも内面的にも、不利益にしかなっていない。…違うか?」
「不利益って…、なんだよそれ。それは絶対違う!咲哉の捉え方がおかしいだけだ!」
そう言い切った俺を見た咲哉は、何かを考えるように口を閉ざした。その姿に、言いようのない不安が圧し掛かる。
なに?…咲哉がこれから言おうとしているのは、…いったいなんだ?
ドクン…ドクン…と、自分の心臓の音だけがやけに大きく耳につく。
暫くして、とうとう咲哉が本題を口にした。
「冬休み明けから、お前の寮部屋を他へ移す」
「…な…ッ」
想定外の言葉だった。
プライベートで関わるなとか、必要のない会話をするなとか、そういう類の事を言われるのかと思ったのに、…まさかそんな…、部屋を移動するなんて…。
頭の中が真っ白になった。
咲哉の顔には、笑みも怒りも浮かんでいない。淡々とした無表情。
……これは冗談じゃなく…、本気だ…。
「な…んで?…そこまでする、意味がわからない…」
茫然としたまま、咲哉を見つめる。それでも、横にいるその端正な顔は少しも揺らがない。
来年もよろしく…って、秋と挨拶を交わした昨日の事が、とてつもなく遠い過去のように思えてくる。
冬休みが明けたら、最近のおかしな空気を払拭して秋との関係改善に勤しもうと思っていた。
俺が変な事に拘らなければ、きっと前みたいに秋と仲良く過ごせる…って、だから、俺の考え方も改めなきゃ…って、そう思っていた。
なのに…。
「秋と喧嘩とか、そういう事にならないようにする。それに、もう仲直りしたんだ!これからは絶対に大丈夫だって!だから寮部屋は、」
「もう決めた事だ」
「そんな…ッ」
少し離れた位置に座っている咲哉に、無意識に手を伸ばした。そして、その腕を掴む。
いきなりの事態に頭がついてこない。
どうしたら…いいんだ…?なんで、そんな…。
「…そんなの…、絶対認めない…っ。俺は、あの部屋を出て行かないからな」
咲哉の腕をギュッと掴み、震えそうな声を押し殺して必死に言い募る。
クラスも違う、生活時間帯も多忙な秋とはズレてる。そんな相手との唯一持てる接点が、寮の部屋だけ。
それなのに、それを奪われてしまったら、…もう…秋とは、関わることができなくなる。
「咲哉っ」
「そこまで言うなら、お前に一つ条件をやろう」
「…え…?」
何を言っても覆らないだろう…、と半ば諦めていたところに降ってわいた『条件』
普通ならそこに希望を見出しただろうけど、俺には更なる難問が降りかかるようにしか思えなくて、息を飲んだ。
だって、咲哉が決定した事を覆すだなんてありえない。
この『条件』は、たぶん俺にとって物凄く厳しいものになるはず。
でも、部屋を移動しなくても済むなら、俺はどんな条件でも飲むつもりだ。
次の試験で学年1位になれというのなら絶対に1位をとるし、天原の家業を手伝えというなら、今までみたいに逃げずにきっちり立ち向かう。
そこまで決意した時、心の中から(カツン…)と小さな音が聞こえた気がした。
それはまるで、今まで開いたことのない開かずの扉の鍵が解かれたような…、フワっと自然に心に解き放たれた想い。
……そっか…、俺…、秋の事…好きなんだ…。
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