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冬休み5

†  †  †  † クリスマスイブ。 午後になり、一昨日咲哉に言われたとおり寮部屋の片付けをする為に学校へ戻ってきた。 寮棟の玄関前に立ち尽くしたまま、早10分。 ここで立っていてもどうにもならない事はわかっている。でも、これでもう秋との生活が終わるかと思うと、足が進まない。 「……どうして…」 いまだに頭が混乱してる。どうしてこんな事になってしまったのか…。 いろんな事情が絡みに絡みあって今の状況に結びついたんだとは思うけど、だからといってこの結果を受け入れられるかというと、それは難しい。 「あれ?天原君、もしかして荷物の整理にきたのかい?」 その声に顔をあげると、寮棟から出てきた管理人のおじさんがこっちを見ていた。 「はい」と頷いた俺に、管理人さんは何度か小さく頷いたあと、 「理事長から話は聞いたよ。…大変だろうけど頑張りなさい」 そう励ましてくれた。温かな気遣いに少しだけ気持ちが浮上する。 「ありがとうございます」 会釈を返し、そこでようやく重い足を踏み出した。 誰もいない静かな寮棟内の階段を上り、部屋の前に辿り着く。そして、またも立ち止まって、手に持ったカードキーを意味もなくヒラヒラと揺らした。 扉というのは案外やっかいなものだ。さっきも寮棟の玄関前で立ち尽くして、今は部屋の前で立ち尽くしている。 この『開ける』という行為が、こんなにも勇気がいるものだなんて、今まで考えた事もなかった。 「ここまで来て、まだ思いきれないなんて…」 未練たらしい自分に苦笑いが浮かぶ。 一呼吸おいてから、心を決めてカードを差し込んだ。…と同時に、まだ触れてもいない扉が開く。 「…え…?」 なんで勝手に開くんだ? 目を瞬かせて顔を上げると、そこには今いちばん会いたくて、そしていちばん会いたくない人物が立っていた。 「…秋」 「深?…家に帰ったはずじゃ…」 秋も驚いたように目を見開いている。 その姿を見て思い出した。25日まで学校に残って委員会の仕事をしなければならないと、終業式の時に秋が言っていたんだった。 そんな重要な事を忘れていた自分に蹴りを入れてやりたい。 ちょうど部屋を出るところだったんだろう、私服の上にロングコートを着ている。 「…うん、ちょっと用事ができて戻ってきたんだ。…秋は今から出かけるの?」 「先生に提出する書類を持っていくところだったんだけど…、用事って?」 「…うん…まぁ、ちょっとね…」 秋の手元にある大きめの封筒に視線を移して、言葉を濁す。 部屋を変更になったと言わなければならない。けれど、心の準備が出来ていない今の状態でそれを言える勇気がない。 仕方がなく、誤魔化すように笑って秋の横を通り抜けた。 俺の行動を追う秋の視線を感じるけれど、気付かない振りをしてリビングに入る。 背後で、どうしようかと迷っている雰囲気を察して振り向いた。 「まだ当分いるから、留守番してるよ。行ってくれば?」 気軽な口調を信じてはいないだろう…、秋は半分訝しんでいるような表情をしながらも、「それじゃ行ってくる。また後で話聞くから」そう言って外へ出て行った。 秋の姿が見えなくなった途端に、盛大な溜息が口から零れる。 まさかここで秋と顔を合わせるとは思っていなかった。自業自得とはいえ、心臓に悪い。 「…ハァ…、こんなんで上手く言えるのかな…」 片手で前髪をグシャっと握りしめて俯くも、今はそれを悩む前に片付けをしなければいけない事を思い出し、まずはベッドルームに足を向けた。 秋が出て行ってから1時間弱。 ベッドルームの荷物は、クローゼットの奥に畳んで置いてあった段ボールに全て詰め込み終わり、あとはリビングにある自分の机周りの小物を片付けるだけとなっていた。 そんなに私物を持ち込んでいなかった為、片づけに時間はかからない。 持ってきた大きめのスポーツバッグに、筆記用具やノートなどの細かな物を入れればそれで全て終了。 7~8か月もの間生活してきても、終わる時はあっという間だ。 「なにも永遠の別れってわけじゃないし、同じ敷地内にいるんだ、会おうと思えばいつでも会える」 部屋が変わるだけだ…、たいした問題じゃない。 そう何度も言い聞かせているのに、もう心を決めたはずなのに、…まだこんなにも胸が痛む。 考えすぎて感覚が麻痺してきたのか、何がショックで何が悲しいのか、それすらもわからなくなってきた。 結構な重さになったバッグを机の上に置いてリビングを振り返り、自分が今日まで生活してきた場を食い入るように眺める。 …この部屋にいちばん最初に来た時が懐かしい…。 授業をサボってまで俺を手伝ってくれた秋。確か、その後に案内された中庭では、とんでもない事をされたけど…。 あの時の事を思い出して少しだけ顔が熱くなってきた。 いろいろあったけど、それでも……。 「…楽しかったな…」 吐き出す息と共に呟いた声は、誰にも届かないまま宙に散る。 机に寄り掛かって目を閉じると、全ての思い出がまるで夢だったかのように感じてくる。 過ぎてしまえばそんなものか…。 暫く目を閉じたまま思いに耽るも、それは長くは続かなかった。 カチャリ…という扉の開く音と共に誰かが部屋に入ってきた事で、回想は終了する。 瞼を開けて顔を向けた先には、リビングに入ってきた秋の姿があった。 いよいよか…。 寄り掛かっていた机から体を起こし、ソファーまで歩み寄る。 その頃には、秋も俺がまとめた荷物に気付いたようで、怪訝そうに眼を細めている様子が窺えた。 「深?…この荷物は、」 「秋、話があるんだ」 秋の声を遮り、緊張のあまりに強張る顔を隠すことも出来ず、ソファーに身を投げ出すようにして座った。 少ししてから、脱いだコートを2人掛け用のソファの背もたれに掛けた秋も、真剣な面持ちで隣に座る。 できれば隣には座ってほしくなかったけど、秋にしてみれば、なんの誤魔化しもきかない距離…――この近さで話を聞きたいのだろうとわかった。 緊張のあまり苦しくなる呼吸を整えて、必死に自分を落ち着かせる。 それでも、横から突き刺さる鋭い眼差しが、痛くて痛くてしょうがない。 「…あのさ…。俺…、…部屋を移動する事になった」 俯いたまま、無理やり声を絞り出すようにそれだけを告げた瞬間、横にいる秋が息を詰めた気配を感じて、心臓がキュッと縮みあがる。 「深…、」 「でもっ、別に学校を移るわけじゃないし、同じ寮内なんだからいつでも会えるし、秋もこの部屋は元々一人でいたし…、だから…別になんてことはない…から」 呼びかける秋の声を遮って一気に放った言葉は、どこからどう聞いても空々しく言い訳がましく聞こえるだろう。 でも、今の俺にはそれ以上上手くは言えなかった。勢いで言い切るしかできなかった。

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