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冬休み7

「ゴメン、…俺…、秋の事が…、…っ……好き…なんだ!」 「…え…?」 秋を真正面から見据えて、目を逸らしてなんてやらない。全力の告白を、全力でぶつけた。 一瞬、何を言われているのかわからない…といった顔をした秋は、次の瞬間、大きく目を見開いた。 「…深…、いま…なんて…」 茫然と聞き返す秋。 さすがに二度目は言えない。 今までずっと一緒にいた同性のルームメイトに突然告白なんかされたら誰だって驚くし、ショックを受けられてもしょうがない。 一度でも秋に言えたんだから…、もういい…。 首を左右に振った。…もう二度と言うつもりはない…、と…。 それなのに秋は何故か必死な様子で…、伸ばされた右手がそっと俺の頬に当てられる。 温かい体温に包まれた左頬が、ジンワリと熱をもつ。 「秋…?」 「深、お願いだから、もう一度言って?」 「イヤ…だ…。も…無理っ」 「頼むから!…もう一度だけでいいから…、聞かせてほしい」 「…秋」 真摯な瞳で見つめられ、少しだけ勇気が湧いてくる。 もう一度、…もう一度だけ気持ちを伝えても…いいのか…? 「…俺は」 「うん」 「俺は、…秋の事が……好きだ」 もう一度最後まで言い切った瞬間、物凄い力で腕を掴まれ、体を浚われた。 息が出来なくなるほど強い力が背に回る。 何がなんだかわからないまま、頬に触れる艶やかな漆黒の髪を見て、秋に抱きしめられているという事を知る。 …なんで…。 全身で感じる熱い体温。ひたすら混乱する頭で考えても、何がどうなっているのかわからない。 どうして秋が俺を抱きしめているのか、俺は嫌われたわけじゃないのか?とか…。 そして…耳元で聞こえた低く囁くような、 「深、…好きだ…。もう…離したくない」 その言葉は、俺の都合の良い幻聴なのだろうか…と…。 頭の中が真っ白になった。 「…な…に…?…秋…今、なんて?」 抱きしめられたまま茫然と呟くと、少しだけ身を離した秋が真正面から見下ろしてきた。その顔には、優しく甘い笑みが浮かんでいる。 俺の頬に指を辿らせて、もう一度、今度はハッキリと、 「深が好きだよ。もうずっと前から」 そう、強く言い放った。 …嘘だ…。そんな…、俺に都合が良い事、起こるはずがない…。秋が、俺の事を好き…なんて…。 驚き過ぎて目を見張ったまま、秋の顔をひたすら見つめる。 そんな俺を見て、秋が小さく笑った。 「そんなに見つめられると穴が開きだそうよ、深」 「…あ…、いや…、その…、……え!?」 顔がカーッと熱くなる。馬鹿みたいに秋しか見えない。 これは現実なのか?信じていいの?…秋と…想いが通じた…? 顔が熱くなるのと同時に、自分の意識がフワリと舞い戻った気がした。そこでやっと、これが現実で、秋の言葉も本当の事だと実感する。 「秋も…俺の事、好き…なの?」 「かなり前からね。深が俺の事を想ってくれているよりも、もっと想いは強いと思うよ。…知らなかった?」 「そんなの…、知らない」 熱烈な告白に、頭に血が上り過ぎてクラクラと眩暈がする。 どうしよう…、泣きたいくらい嬉しい…。 そう思った瞬間、本当に涙がボロボロ零れだした。秋の顔が、おかしいくらいに歪んで見える。 「秋…。俺、死ぬほど嬉しいかも」 「死ぬのはダメ。これから二人で一緒に生きていくんだろ?」 暖かな言葉が、胸にじんわり染み込む。 言葉が出せずに、何度もコクコクと頷くしか出来ない俺を柔らかな眼差しで見つめる秋は、 「…深」 呟くように俺の名を呼び。 「え?……ン…っ…」 呼ばれた名前に返事をしようと口を開いた瞬間、…熱い…熱い唇が、俺のそれに優しく押し当てられた。 最初は何度か啄むように触れては離れ、離れては触れ…と軽いものだったのが、徐々に激しさを増していく。 「深、ゴメン…。抑えが、きかない」 一度離れた秋が、瞳に熱情を灯しながらもどこか照れくさそうに言う。 このまま先の行為に進んでもしまっても構わない。 秋を、全て受け入れたい。 ハッキリと決まった自分の胸の内。何より、秋と一つになれる事がどれほどの幸せか。 だからこそ、恥ずかしいけれどそう自分の口から伝えようと思った。 秋のものにしてほしい、と。秋を俺にくれ、と。 けれど、そこである出来事が脳裏を過った。 それは、宮原との行為。鷹宮さんとの行為。 秋に隠したまま事を進めようとする自分に、ひどい嫌悪感を覚えた。 あれは、秋を裏切る行為…だ…。 「ゴメン…っ…、秋…、…俺…ッ…」 それに気づいてしまった今、さっきまでのように秋に応える事が出来なくなる。 既に同性との経験があるだなんて、もしかしたら軽蔑されるかもしれない。 無理矢理されたわけじゃない。流されたとはいえ、合意ともとれる己の行動。 今になってそれを後悔するなんて、自分勝手にも程がある。 どうしたらいいかわからず、ただ唇を噛みしめて項垂れる俺を見た秋は、ハッとしたように息を飲んで動きを止めた。 「…ごめん、いくらなんでも性急すぎだね」 俺の言葉を拒絶と捉えたのだろう…、それまでの激情を押し殺すようにして身を引いた秋に、慌てて首を横に振る。 「違うんだ!…秋、…そうじゃなくて。俺が…っ」 離れようとする秋の腕を咄嗟に掴んだ。 そんな俺の行動に驚いたのか、ソファーから立ち上がろうとした秋は、俺の顔をジッと見つめたあとソファーに座りなおしてくれた。 見下ろしてくる顔には、俺を思いやってくれる心配そうな表情が浮かんでいる。 自己嫌悪と情けなさで泣きたくなってきた。 宮原と鷹宮さんとの事。あれは。拒もうとすれば拒めたはずなのに、自分の心の弱さが招いた結果の出来事。言い訳をする気もない。 でも、それを伝える勇気が出ない。 秋を受け入れたいのに、受け入れられない。 …どうしたら…。 秋の腕を掴んだままグッと奥歯を噛みしめる。あまりに自分が不甲斐無さ過ぎて、殴りたいくらいだ。 黙ったまま考えている俺を、ただひたすら何も言わずに待っていてくれる秋に、全てを話そう…と決心がついたのは、時計の長針が5つほど移動した時。 5分程の沈黙。それは、短いようでとても長い時間だった気がする。

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