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冬休み8

掴んでいた腕をそっと離して、震える唇を感じながらも声を押し出した。 「俺は…、秋に、…大切に扱われるような人間じゃない…」 「深?」 怪訝そうに変化した秋の声に、告げる勇気が萎みそうになる。 それでも、ここで誤魔化したらもう俺という人間がダメになる気がして、ギシギシと痛む胸の苦しさを堪えて口を開いた。 「…俺は…、俺は…本当に馬鹿で…自分勝手で…。…これを言ったら、秋に軽蔑されるかもしれなくて…」 「うん、それでも聞くよ…言ってみて」 見下ろす優しい瞳、静かな声。…これが失われてしまうかと思う恐怖。 それでも、俺は…。 「…俺は、……宮原と、鷹宮さんに…、………抱かれた事が…ある…んだ」 「………え……?」 秋が、目を見開いて息を飲んだ。 泣くのは卑怯だとわかってる。けど、馬鹿みたいに溢れ出してくるそれは、もう自分の意志では止められなくて…。涙腺が壊れたみたいにボロボロと涙が流れ出す。 せめても泣き声だけは出したくなくて、グッと口元に力を込めて顔を背けた。 …秋の…、秋の顔を見るのが怖い…。 無言の時がお互いの間を流れる。 暫くたった後、その沈黙を破ったのは秋の行動だった。 突然首筋に感じた柔らかなもの。それが秋の唇だとわかったのは、首筋を舌で辿られた時。 思わぬ事に背筋をビクっと揺らして、肩口に顔を埋める秋に視線を向けた。 「…あ…き…。…っ…ゃめ…」 名前を呼んだ瞬間に鎖骨部分を強く吸われ、キュッとした痛みに眉を顰める。 なんで突然こんな事を…。 無言で事を進めようとする秋の行動に、徐々に怖さがあふれ出した。 このままじゃいけない気がして、圧し掛かる肩に手をかける。すると、 「痛…ッ。…秋っ」 強引にねじ伏せられるように、その手をソファに押しつけられてしまった。 「なんで…、秋…待て…よ…」 身を捩ろうとしても、秋の体の重みでどうにもならない。 いつのまにか緩められていたネクタイがシュルッと抜かれ、シャツのボタンが上から順に外されていく。 自分の身に何が起きようとしているのか、わからなくなる。 秋が何を考えているのかも…わからなくて。不安だけが押し寄せる。 茫然としている間に肌蹴られていた胸元に、ぬるりとした感覚。肌が粟立ち、我知らず体が震える。 胸の突起を舌で押しつぶすように舐められたせいだ。 「…っ…ク…。あ…き…。……秋、待って…!」 何も言わない無言の行為が、ただただ…怖い。 まるで…強姦されるみたいに…っ。 「…なんで、こんなッ」 喉の奥から振り絞るように叫んだ声に、ようやく秋が動きを止めた。 安堵したのも束の間、俺を見下ろしてくる秋の顔が、まるで氷のように凍てついている事に気がついてしまえば、それ以上何も口にする事ができなくなった。 「…深…知ってた?俺にも感情があるんだって…。…………いつでも優しくなんてできない、気持ちを抑えられなくなる事もあるって、前に言った気がするけど?」 「…秋…」 冷たい眼差しの中にチラチラと見え隠れするものは、…怒り? 当たり前…だよな。秋の事を好きだって言ったこの口で、今度は別の人間との関係を告白するなんて、…最低だってわかってる…。秋に何されても、拒める立場じゃないんだ。 真っすぐに突き刺さる秋の瞳。 それが、痛くて…痛くて…。ギュッと瞼を閉じた。 目尻に涙が伝い落ちる。 覚悟を決めた。秋になら、どんな扱いを受けても構わない。 少しでも秋の気持ちがおさまるなら、全て受け入れる。 そう、心に決めた。俺はそれだけの事をしてしまったのだから。 …けれど、暫くたっても何も起こらない。何も触れてこない。あまつさえ、あんなに熱く触れていた体温が静かに離れたのを感じた。 さっきまでとは違う意味で、何が起きているのかわからない。 固く閉じていた瞼を開いて秋を見上げると、そこには想像していたものとは違う光景があった。 「秋…?」 さっきまで冷たく怒りを表していた秋の、辛そうに眉を寄せた表情。まるで、何かを後悔しているような、痛みを堪えるような表情。 「…どう…したんだ?」 秋のこんな顔は初めて見る。見ている俺まで辛くなってくる。 いつの間にか開放されていた片手を上げて、目の前にある綺麗なラインを描く頬にそっと触れた。 その途端に、ビクッと震えた秋の肩。 俺と視線が合うと、掠れた声が血を吐くような悲愴さで言葉を放った。 「ごめん!……こんな…、馬鹿な事をするなんて…っ…」 ギシリと奥歯を噛みしめるその姿に驚いて目を見張ったものの、さっきまでの恐怖はゆっくりと波が引いていくように消え去っていき、代わりに、自分に対する怒りと、秋に対する申し訳なさと、そして、何かを喚きたくなるもどかしさがこみ上げる。 秋にこんな顔をさせた自分が腹立たしくて、そして、いつもの秋に戻ったことへの安心感。全ての感情が一緒くたに混ざって、最後に溢れてきたのは、秋へのどうしようもないほどの好きだという気持ち。 「…馬鹿な事じゃない。それを言うなら俺の方だ。秋が怒るのも無理はない」 「違うだろ!納得するなよ!やってはいけない事を許すな!」 秋の頬に当てていた手が、暖かい物に包まれる。…秋の手の平だ…。 それだけで、さっきまで強張っていた心がユルユルと溶け出していくのがかわった。 「本当に好きなんだ、秋の事。…調子がいい事を言ってるのはわかってる。でも、俺の気持ちだけは信じてほしい」 まっすぐに秋の瞳を見つめて、俺に出来うる限りの真摯な言葉。 他の人と関係を持ってしまった俺を、秋が嫌いになったらどうしようとか…、もうそれはいい。今はただ、俺の想いを伝えたいだけ。 これでもう言う事はない。これが今の心の全て。 なんだろう…、すごく心が落ち着いている。さっきまでとは大違いだ。 そんな自分の心境の変化に内心で驚いていると、秋の頬に当てていた手がギュッと強い力で握り締められた。 「秋…?」 見上げた秋の顔が、今までにない程優しく微笑んでいる。 …どうして…。 「深。俺の想いも変わらないよ。例え、深が誰かと関係を持ってしまったとしても、その思い出を過去にするくらい俺は深を愛する事ができるし、深にも俺を愛してほしい」 「…っ…、秋…」 血が上りすぎて頭が爆発しそうだ。落ち着いていたはずの心は、今やもうその片鱗は欠片もない。心臓なんて動きすぎて苦しいくらいだ。 秋がこんな事を言うなんて思ってもみなかった。砂糖菓子にさらにメープルシロップをかけたように甘い言葉。 クラクラする…。 今更、真っ赤に染まっているだろう顔を隠しても意味はないだろう。それよりも、今は何より、 秋を抱きしめたい。 静かに目を閉じると、すぐに優しい羽のような口付けが顔中に降り注いだ。 そしてそれは唇を覆い、次の瞬間、まるで嵐のような激しいものに変わった。

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