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冬休み9
† † † †
クリスマスの朝。
あまりの冷たい空気に目が覚めた。
昨夜閉め忘れたカーテンを横に従えた窓ガラス越しの空には、白いモノがチラチラと舞っているのが見える。
ホワイトクリスマスだ。
冬休みに入り、ほとんどの人間が帰省してしまったせいで、寮内の自動センサーエアコンは全て切られている。
だから寒い場合は自分でエアコンのスイッチを入れなければならないけれど、今はそれもどうでもよかった。
今、隣には、俺を抱きしめて眠る愛しい恋人の姿がある。
この体温だけで十分だ。
秋のベッドで毛布にくるまり、抱き合いながら眠る幸せ。
想いが重なり、好きな相手に抱かれる喜び。
恥ずかしさより何より、嬉しさが勝った。
昨夜、二人のわだかまりが全て解けた後の俺達は、今までのタガが外れたように愛し合った。
お互いの体の境界線が溶けてなくなるくらい抱き合った。
そして、今。
ありえないくらいの幸せ。
全身に感じる倦怠感と、下半身を覆う鈍い痛み。それすらも苦に感じない。
逆に、昨夜の事が夢じゃないと確信が持てるおかげで、もっと幸せに浸れる。
愛しさが込み上げ、自分を抱きしめたままいまだ眠る相手の額にそっと唇を押し当てた。
その途端に、秋がモゾモゾっと身じろぎする。
起こしたかな?
「…ん…、…深?」
寝ていた秋が薄っすらと目を開ける。端正な顔立ちは、寝起きでもまったく損なわれていない。
本当にずるいくらい格好良い。
「おはよう、秋」
緩く微笑みかけると、一瞬の後、蕩けそうな優しい微笑で「おはよう、深」と挨拶を返された。
甘くて甘くて甘い、甘すぎてくすぐったいような…、そんな朝。
けれどそれも、このベッドから出てしまえば終わってしまう。
今日中にしなければいけない事。…それは、
部屋の移動。
秋と生活を共にするのは、これで最後。
休み明けからは、お互いに1人の生活になる。
「そんな泣きそうな顔をしなくても…、会おうと思えばいつでも会えるだろ?」
「秋…」
俺が何を考えているのかすぐにわかったらしい。
目元を綻ばせた、見ているだけで落ち着く優しい表情に、なんだかとてもホッとした。
確かに秋の言う通り。これで俺達の関係が終わるわけじゃない。逆に、これから始まるんだ。そう思うと、自然と顔が緩んでしまう。
「そうだな。部屋の行き来だって禁止されてるわけじゃないし…、うん、大丈夫」
そう言って頷くと、伸ばされた秋の右手にクシャっと前髪を撫でられた。
ベッドに肘を着いて上半身を起こした秋と暫し見つめ合い、どちらからともなく唇を合わせる。
触れ合うだけのそれは、このホワイトクリスマスの朝に溶け合う優しいキスとなった。
「えー…っと、今日までお世話になりました」
「いえいえ、どういたしまして」
そこで、二人同時に笑いだす。
どんな挨拶だよ、これ。
自分で言った言葉に呆れて笑いながらも、それはどこか、悲しさを抑える為の作り物めいたものになってしまった。
大きい荷物は管理人さんに頼んで持って行ってもらったから、今俺が持っているのは少し大きめのバッグ一つのみ。
そして、今日まで生活してきた部屋を出るために扉の前に立つ。
昼前には新しい部屋に入ろうと決めていたから、11時を半分ほど過ぎた今、行かなければいけないのに足が動かない。
「部屋まで送ろうか?…体、まだ辛いんじゃないの?」
「…なっ…んて事言うんだよ!」
ボッと火を噴くくらいに一気に顔が熱くなる。しんみりしていた気持ちも、秋のこの言葉できれいに吹き飛んでしまった。
確かに、午前中の間じゅうぶん体を休めていたとはいえ、いまだに動くと少し辛かったりする。重ダルい。
それでも、本当に気を使ってくれていた秋のおかげで、我慢できないほど体がキツイわけではない。部屋から部屋へ歩くぐらいは大丈夫だ。
相変わらず優しいのか意地悪なのかわからない相手を軽く睨むと、どこか寂し気な笑みを向けられた。
そこでようやく気が付く。
なんでもないように見せかけておいて、秋も寂しく思ってくれているんだって事に。
「…それじゃ…行くから」
「あぁ、何かあったらすぐにおいで」
「うん。また、休み明けにな」
気持ちを断ち切るように、秋の顔を見る事はせず余韻ももたせず素早く廊下へ出た。そして、後ろ手に静かに閉めた扉に背を預けて寄りかかる。
…とうとう、終わっちゃったな…。
秋と俺との関係は、両想いになれた今、前以上に強くなったと言い切れる。
けれど、部屋が離れてしまった分、距離が開いてしまった気がするのも事実だ。
「…ハァ…」
深く溜息を吐きながらも、ここでこうしていてもしょうがない…と、荷物を肩にかけ直して新しい部屋に向かって歩き出した。
side:黒崎
目の前で扉が閉まる。
そして室内に広がる静寂。
深が来るまでは一人部屋が当たり前で慣れていたはずなのに、何故今、こんなにもこの部屋が広く感じるんだろう…。
閉じた扉横の壁に背を預けて、そっと溜息を吐いて目を閉じた。
深が来てからの約8カ月間の日々が、走馬灯のように脳裏によみがえる。
明日からはもう、寮部屋に帰っても“おかえり”といって迎えてくれる人はいない。
朝起きた時に、隣のベッドですやすやと眠る穏やかな寝顔を見る事もない。
部屋が別になったくらいで、ここまで空虚感を味わう事になるとは思わなかった。
これからの関係がどうなるかは、自分達の行動にかかっている。
西条理事長が何を考えて俺達を引き離したのか、真意はわからないけれど、俺は絶対に深を手放す事だけはしない。そう言い切れる。
「…早く大人になりたい…。なんて、本気で思うよ」
まだまだ非力な自分に悔しさを感じながらも、決意を新たにしてその眼差しに力を込めた。
Side:黒崎end
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