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冬休み10

†  †  †  † 「水無瀬さん、高槻さん、明けましておめでとうございます!」 「明けましておめでとうございます、深君」 「おめでとう~!俺に会えなくて寂しかっただろ?」 年が明けて3日目。 珍しい…、というか初めて、水無瀬さんと高槻さんが新年の挨拶にうちへ来た。 水無瀬さんは粋に和装で、高槻さんはビシッとスーツできめている。 2人とも種類は違うけれど端正な容姿をしている為に、まるでバックに豪華な花束を背負っているみたいに華やかだ。 高槻さんなんて、茶色の髪をちょっと崩したソフトオールバックにしているせいで、一見ホストにも見える出で立ち。 俺は…と言えば、いつ誰が来てもいいように一応カジュアルなスーツを着ているけど、水無瀬さんの和装姿があまりに格好良くて、来年はそうしようかな…なんて思ってしまった。 けれど、のんきにそんな事を考えている途中、はたと気付いた。 …今日は宏樹兄も香夏子姉もいないんだった…。 昨日までは、親戚や会社関係の人がたくさん来ていたけど、今日は逆に両親が挨拶回りに行っているせいで、家はわりと落ち着いている。 俺は、寮の引っ越しとそれに関する精神的な疲れのせいで冬休みの課題が全然終わってない事を理由に、挨拶まわりにいく事を辞退して留守番をしていた。 俺しかいないのに、いいのかな…。 宏樹兄のところに来たんだと思うけど、その本人がいない今、もてなすのが俺で大丈夫なのかちょっと不安になってきた。 「あの…、すみません。せっかく来ていただいたのに、今誰もいないんですよ」 申し訳ないという気持ちが、声までも情けないものに変えてしまう。 それなのに、高槻さんの口からは信じられない言葉が飛び出した。 満面の笑みを浮かべて放った言葉。それは、 「あ~、それ狙ってワザと今日来たから大丈夫だよ~」 だった…。 「…はい?」 鳩が豆鉄砲を食らったような顔。まさに今、自分がその顔をしている自覚がある。 いや、だって、誰もいない時を狙って挨拶まわりに来る人がどこにいるんだよ。 ……って、目の前にいるけど…。 あまりに俺が間の抜けた顔をしていたせいだろう、水無瀬さんが堪え切れないといった感じでクスクス笑いだした。 「違うだろ一哉。宏樹抜きで深君と話がしたかったから、誰もいない時を狙って来た、だろ。微妙に言葉が違ってる」 「あれ?それを短縮してさっきの言葉になったんだけど、…通じなかった?」 「通じませんっ」 「通じるわけないだろ」 俺と水無瀬さんの言葉が被る。思わず顔を見合わせて笑ってしまった。 拗ねたようにそっぽを向いている高槻さんと、それを見て肩を竦める水無瀬さん。 そんな対照的な2人に笑いが止まらないまま、「どうぞ上がって下さい」と、リビングに招き入れた。 ソファーに並んで座った二人の前に紅茶を出す。 コーヒーでも良かったけれど、絶対にあっちこっちで色々飲まされているだろう事を考えると、少しでも胃に優しいものにした方がいいだろうという、俺なりの考え。もちろんミルクも用意してある。 そしてそれは正解だったらしく、紅茶にたっぷりのミルクを入れて一口飲んだ高槻さんが、目元を緩めながら嬉しそうに「この優しい香りがホッとするな」と呟いた。 喜んでくれる様子に、ついつい顔が緩む。 自分の分の紅茶も置いて2人の向かい側に座ると、そこで水無瀬さんが優しい微笑みを浮かべたまま口を開いた。 「深君。学園生活はどう?大変な事とか嫌な事はない?」 「え?」 まさか水無瀬さんからそんな事を聞かれるとは思っていなくて、びっくりした。 キョトンと瞬きをして2人の顔を交互に見つめていると、高槻さんが水無瀬さんの腕を横から肘で突いたのが視界に入る。 言葉にはしないものの、(そのままお前が言ってくれ)と促しているような仕草。 切れ長の瞳でチラリと高槻さんを見た水無瀬さんは、一度短く嘆息し、またこっちに視線を向けてきた。 いったい何を言われるのか、少しだけドキドキする。 「…実は、ちょっと気になる事を香夏子ちゃんから言われてね」 「え?香夏子姉?」 水無瀬さんの口から零れ出た名前があまりに予想外で、何度も目を瞬かせてしまった。 香夏子姉が2人に何を?…っていうか、2人は香夏子姉とも仲良かったんだ。 意外といえば意外な繋がりに驚きを隠せない。 その時、微かに笑う声が聞こえてきた。高槻さんが顔を背けて肩を震わせている姿が視界に入る。 …どうしたんだろう。 怪訝そうな俺の視線に気づいた水無瀬さんが、そんな高槻さんの脇腹を肘で小突いた。 「おい、一哉」 「クククッ…、ゴメ…、だって、あの顔、可愛い」 そう言って笑いながら言う高槻さんの指が差す方向は、間違いなくこっちを向いている。 俺!?その笑いは俺のせいですか!?っていうか可愛いってなにっ! そこまで笑われるほど変な顔をしていたのか…。

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