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冬休み11

固まって動揺する俺を見た水無瀬さんは、今度こそ本気で高槻さんの頭を殴っていた。 「いてっ!」と呻いてピタリと笑いが止まる。 水無瀬さんって最強かも…。 “大型犬と飼い主”のようなやり取りを、ただただ感心して見守るばかり。 最後にもう一度鋭い眼差しで高槻さんを睨みつけた水無瀬さんは、ようやくこっちに向きなおった。 「ゴメンね、深君。もうこのバカの存在は気にしなくていいから」 「あ、アハハハ…」 もう笑うしかない。それ以上俺にどうしろと。 引き攣った笑いを返している俺に苦笑いを浮かべた水無瀬さんは、さっきの続きを話しはじめた。 「まず誤解がないように言っておくけれど、香夏子ちゃんが俺達のところに深君の話を持ちかけてくるなんて初めての事だからね。彼女も、今回の事はそれだけ君を本気で心配しているという事をわかってほしい」 「はい、それは大丈夫です。わかってます」 真顔でそう言う水無瀬さんに、俺も真剣に返事をする。 もとより、香夏子姉が告げ口したとか、俺の情報を流してるとか、そんな事は考えの片隅にもない。 逆に、そんな行動をとらせてしまう程あの人に心配をかけていたのかと思うと、その方が心苦しい。 それより何より、今回の事ってなんだろう? 香夏子姉が2人に話を持ちかけるほどの何かがあったなんて、俺は知らない。 ますます深まる疑問に、大人しく紅茶を飲んで次の言葉を待つ。 すると、水無瀬さんが視線だけで高槻さんの方を見た。今度は、(ここから先はお前が言え)とでも言っているような眼差し。 その視線を受けた高槻さんは、紅茶のカップをテーブルの上のソーサーに戻して、非常に言いづらそうに「ん~」と唸りながらも口を開いた。 「…あのさ、俺は遠回しに言うとかそういうの無理だから、単刀直入に言うな」 「はい」 「咲哉さんと、何かあっただろ」 「…っ…そ…れは…」 まさかその事だとは思わなくて、あまりの衝撃に言葉が出ないまま高槻さんを凝視した。 なんでそれを香夏子姉が知ってるんだ?…それより、3人共どこまでの事を知って…。 急激に動き始めた思考に、頭がクラクラしてくる。 そして、自覚はなかったけれど、俺の顔はそうと気づく程に蒼白になっていたようで、目の前に座る二人の顔が途端に心配そうな表情になる。 水無瀬さんに至っては、「単刀直入に言い過ぎだ!」と高槻さんを怒っている。 「わ、悪ぃ。…だからお前が言えば良かったのに…」 シュンと落ち込む高槻さんが本当に飼い主に叱られている大型犬のようで、つい笑ってしまった。そのおかげで少しだけ気分が落ち着く。 「…あの、すみません。驚いただけなので、大丈夫です」 そう言うと、二人が安堵したのが伝わってきた。 とにかく今は、どういう事なのか事情を確認する必要がある。 深呼吸をして気持ちを整えてから、改めて二人に向き直った。 「まず最初に、なんで俺と咲哉の話が香夏子姉からお二人にいったのか、教えてもらえますか?」 「まぁ、妥当な疑問だよな。…って事で、頼んだ」 さっきの二の舞は踏みたくないと思ったのか、高槻さんは全面的に話の主導権を水無瀬さんに譲るつもりらしい。 話はこれからだというのに、もうすでに肩の荷は下りたと言わんばかりにリラックスして紅茶を飲んでいる。 ここまでくると水無瀬さんも諦めたらしく、怒る事さえしない。きっといつもの事なんだろう。 「全て話すけど、いい?」 「はい」 水無瀬さんの落ち着く静かな声色に、しっかりと耳を傾けた。 「基本的な事から言うと、俺達と宏樹はかなり付き合いが深くてね、香夏子ちゃんとも面識はあるし咲哉さんの事も知ってる。だからこそ香夏子ちゃんが俺達の所に相談に来たんだ。…深君に関しては、上流階級の人間との付き合いが苦手だと宏樹から聞いていたから、俺達もなるべく関わらないようにしてた。宏樹からも、そっとしておいてやってくれと言われていたしね。…ここまではいい?」 「はい、大丈夫です」 まさか宏樹兄がそんなガードを張ってくれていたなんて知らなかった。 いくら付き合いが苦手だと言っても、立場上、巻き込まれていてもおかしくなかったのに、これまでそれから逃れられていたのは宏樹兄達のおかげだったんだと、改めて兄と姉の優しさを理解する。 その時、カチャリと小さな音が聞こえた。 ソーサーにカップを戻した高槻さんと目が合い、笑顔でパチッと片目を瞑られる。 そのおちゃめな高槻さんらしい行動に体からフッと力が抜けて、ソファーの背もたれにゆったりと寄りかかった。 …ハァ…、俺ももう少し余裕を持てるようにならないとな…。

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