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学園生活Ⅲ-2
† † † †
「全員揃ったね。…それでは、会長と副会長から挨拶をしてもらおうかな」
満面の笑みを浮かべている鷹宮さんと夏川先輩。それに現生徒会役員達。
げっそりしているのは、俺と前嶋だけ。
始業式が終わり、更に各クラスのホームルームが終わった午後1時。
クラスメイトにもみくちゃにされて疲れきっていたところへ、生徒会役員全員の呼び出し放送がかかった。
そして、前嶋と一緒に生徒会室に来て、今に至る。
「天原~、これ夢だよな?それも悪夢だよな!?」
半泣きになっている前嶋の頬を指で抓ってやった。
「痛い~」と喚いているけど、これで夢じゃない事がわかっただろう。
自分だけ現実逃避なんて許さないぞ俺は。
「そんな所に立ってないで早く座れよ」
部屋の中央に立ち尽くしている俺と前嶋を見てニヤリと口端を引き上げた夏川先輩が、革張りの高級ソファーを指し示す。
しょうがないから、いまだにブツブツ言っている前嶋の腕を引っ張ってそこに向かった。
俺達が腰を下ろすと、そこでようやく他の生徒会役員もソファーに座る。
俺と前嶋が座るソファの背後に鷹宮さんが立ち、向かい側に座る書記1人と会計2人の合計3人のソファーの後ろに夏川先輩が立つ。
会計の1人が同じ2年で何度か言葉を交わした事があるけれど、もう1人の会計と書記は1年だ。さすがに顔は知っているものの、言葉を交わした事はない。
どうしようかと隣を見れば、やっと現実を受け入れたらしい前嶋がようやく静かになっていた。
それはいい。けれど、今度は現実を受け入れたせいで本格的に落ち込んでいる。
当分使い物にならない事がわかって、溜息が零れた。
もう逃げられないな…。腹を括るしかない。
「さきほど会長に任命されました、2年の天原深です。出来る限り頑張るので、サポートお願いします」
座ったまま深々と頭を下げると同時に、目の前の3人から拍手がおきた。
「宜しくな、天原。俺は会計の中原信二 、同じ2年だ。お前が会長だなんて、これからが楽しみだよ」
黒髪の短髪をツンツンと立たせた爽やかなスポーツマンタイプの中原が、笑顔で挨拶を返してくれる。
「僕は1年の管野原祐 です。書記をやっています。天原さんと仲間になれて嬉しいです、これから宜しくお願いします」
次にそう言って笑いかけてくれたのは、柔らかそうな肩くらいまであるストレートの茶髪を後ろで一つに結んでいる、俺とおなじくらいの背格好をした可愛い後輩。
確かこの子は以前、生徒会室の扉で俺が頭を打つ原因となった子…だったと思う。
その時も思ったけれど、背後にタンポポが咲いていそうなホンワカした雰囲気は、生徒会役員達の癒しになっているであろう事は簡単に想像がつく。
そしてもう一人、あまり表情の変わらない、まるで若武者のような佇まいの人物。
「会計をやっている1年の若林慎太郎 です。一緒に頑張りましょう」
ニコリとも笑わないが、全身から滲み出る誠実さに間違いはなさそうだ。見惚れるくらいに瞳がまっすぐで、信頼できる事が一目でわかる。
さっきまでかなり憂鬱で不安だったけれど、この仲間なら大丈夫。そんな気がする。
…そして…、
「……前嶋、次はお前だぞ」
いまだに魂の抜けたような様子をしている相手の横腹を、肘で思いっきり突いた。
「ッう!?」
…肘が完全に入ってしまったらしい。
横腹を押えて前のめりになってしまった前嶋の姿に、さすがに慌てる
「ごめん、ちょっとやりすぎた」
「ちょっとじゃないよっ、かなりだよ!」
眼尻に涙を浮かべている前嶋に怒られた。
笑ってごまかしたけれど、これで現実に戻れたんだからいいじゃないか…。思わずそう言いそうになった口元を引き締める
それでも、目の前から興味津々の眼差しを向けられている事に気がついたのか、途端に背筋をしっかりと正して頭を下げるところはさすが。
「副会長に任命されました、2年の前嶋芳明です。ある程度は生徒会の仕事内容は知っているので、…頑張ります」
その挨拶に、俺の時と同じように3人から温かな言葉が返される。
なんだか凄く良い雰囲気だ。
でも、前嶋の言葉の中にとても気になるものがあった。
『ある程度生徒会の仕事内容は知っているので…』
前嶋がそう言った時、正面に立っている夏川先輩がニヤリと笑ったのは気のせいではないはず。
あれはどういう意味だ?
隣に座る前嶋を真顔でジーっと見つめる。ひたすら見つめる。
「…な…、なんでしょうか天原会長」
視線に気がついた前嶋が、途端に顔を引き攣らせた。
体まで逃げ腰だ。怪しい。
「なんで前嶋が生徒会の仕事内容を知ってるんだ?今まで全然関わってなかったよな?」
「え!?…あ、…いや…それは…」
しどろもどろな対応が、余計に何かあると言っているようなもの。
背後に立つ鷹宮さんを振り返って見上げると、意味ありげに笑うだけ。
やっぱり何かあるな…。
また前嶋を見つめた。さっきよりも更に力を込めて。
そのまま数秒たち、数十秒たち、1分を超えた頃、突然「うわぁ~」と頭を抱えた前嶋が、叫ぶように自白を始めた。
「俺の兄貴、去年卒業したんだけど、夏川先輩の前の副会長なんだよ~!あいつは鬼だっ、悪魔だっ!」
「…え…」
意外な事実発覚。
その時、不意に思いだした事がある。
夏休み前に北原達から嫌がらせを受けた時、前嶋が、『俺は先輩に顔がきくから』とかなんとか言っていた。
理由は詳しく教えてくれなかったけど、もしかしてあれは、お兄さん絡みの知り合いだったのかもしれない。
夏川先輩を見れば、珍しく苦笑いを浮かべている。
前嶋の反応と夏川先輩の反応からして、そのお兄さんというのはちょっとばかり問題があった人だったんだろう…。
ちょっと不憫になってきて、とりあえず前嶋の肩をポンポンっと慰めるように叩いた。
俺達二人と現役員の顔合わせが終わり、続いて鷹宮さんと夏川先輩との引き継ぎ。
それらが済んだ後に生徒会の仕事の打ち合わせをして…、そして気付けば既に太陽が傾く時間となっていた。
…これで本当に俺が生徒会長になったんだ…。
最後にもう一度挨拶を交わしてソファーから立ち上がった時には、変な緊張感で手の平に汗を感じた。
でも、「聞きたい事があれば気にせずおいで」と鷹宮さんが言ってくれた事で、それも多少は薄れた気がする。
その後、一緒に生徒会室を出た前嶋と夕飯をとったけれど、二人共いつもの食欲が失せてしまっていたなんて情けない事実は、俺達だけの秘密だ。
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