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学園生活Ⅲ-3
† † † †
雪の降り出しそうな曇天。
厚い灰色の雲が空を覆い尽くし、空気は肌を刺す程に冷たい。
休みが明けてすでに2週間が過ぎたにも関わらず、生徒会長なんかになってしまった為に日々何かと忙しくなってしまい、執務実行委員会の委員長である秋とは全くもってすれ違いの毎日となってしまっていた。
移動教室の途中で真藤と廊下を歩きながら窓の外を眺め、ホウっと溜息を吐いた。その時。
「今日の夜、部屋に行くから」
「…え?」
振り向くと、横を秋が通り過ぎていくところだった。
窓の外を見ていたせいで前から来る相手を気にもしていなかったけど、秋だったんだ…。
足を止めず歩きながらも惹かれるように秋の後ろ姿を目で追うと、一瞬だけチラリと振り返った秋が小さく微笑んだのが見えた。
視線が合っている内にすぐ頷き返す。
こんな些細なやりとりが嬉しい。
ニヤける口元をそのままに浮かれた気分で正面に向きなおったけれど、何やら突き刺さってくる視線に気がついて斜め前を見た。
そこには、こっちを見て呆れたように両肩を竦める真藤の姿が…。
「…なんだよ」
「別に。部屋が別れても相変わらずだなって思っただけ」
「当たり前だろ。部屋が変わったって俺達の関係は何も変わらない」
「言い切ったな…」
思わずといった感じで苦笑する真藤。
少しだけ遅くなっていた足を速めて真藤の隣に並び、その腕を肘で小突きながらヘラリと口元を弛めた。
今夜は久し振りに秋と二人きりで話せる。もう顔の筋肉が弛みっぱなしだ。
真藤は心底気味悪そうにそんな俺の事を見ているけど、その反応はいくらなんでも失礼過ぎだろ。
「…あ…、やばい…。机の上が全然片付いてない」
夕飯を食べ終えて部屋に戻り、もうそろそろ秋が来るだろう時間になってから、リビング奥にある机の上が生徒会用の資料でグチャグチャになっていた事に気がついた。
なんで今頃気付いたんだよ俺。最悪だ。
なんとかしたい気持ちはあるけど、どこに片付ければいいのかすらわからない程に散乱している状態に溜息しか出ない。
いやもうこれ無理だろ…。
立ったまま机に両手をついて項垂れた。
「…見て見ぬ振りを願うしか…」
リンゴーン、リンゴーン
突如として部屋に響き渡った鐘の音に、項垂れていた頭を勢いよく上げる。途端に心臓がドキドキと脈打ちはじめた。
なんでこんなに緊張してるのか、自分でもわからない。
散らかりっぱなしの机の事なんて頭の中からキレイさっぱり消え失せ、妙にギクシャクした動きで扉へ向かった。
「はい」
「こんばんは。約束通りお伺い致しました」
開けた扉の向こうにいたのは、私服姿の秋だった。
制服じゃないって事は、着替える余裕があるくらい今日は時間があったという事なんだろう。
わざとらしい丁寧な口調の秋に、「うむ、苦しゅうない、近う寄れ」と訳のわからない返しをして笑いながら部屋に招き入れた。
寮棟内は、部屋から廊下に至る全ての場所に自動センサーエアコンが設置されている為に、寒さも暑さも感じない。一年中適温だ。
という事で、秋も俺も真冬だとは思えない軽装。
それにしても…、秋は何を着てても格好良い。
先にリビングへ向かった秋の後ろ姿を見て、ついつい見惚れてしまう。
スラリと長いブラックデニムに包まれた足だとか、シャツの袖を途中まで捲くっている部分だとか、その左腕にあるちょっとゴツめのシルバーブラックの腕時計だとか…。
言いだしたらキリがないくらい格好良い。
俺はといえば、ユーズドブルーのデニムに、少し緩めで編み目の大きい濃緑リブニット。
下には黒のタンクトップを着ているけれど、
……どうやっても秋みたいにはなれない。
同じ年の男としては、少しだけ凹む。
「部屋の内装は同じなんだね」
俺も格好良いと言われるようになりたい。そんな事を思っていたら、ソファーの背もたれに寄り掛かった秋がこっちを見て意味ありげな笑いを浮かべて言った。
もしかして、特別仕様になってるとでも思われていたのか?
残念でした。いくら俺が咲哉と従兄弟だとしても、そこまで特別扱いする程アイツは甘い人間じゃない。
とりあえず笑ってスルーしたけど、それより何より、今の俺の気がかりは、秋の背後の散らかりまくった机だ。
秋を見ると、必然的にその後ろにある机が視界に入る。
頼むから振り向かないでくれ。
ってチラチラ視線向けてたらバレるよな…。
秋が不思議そうに首を傾げ、
「深…?さっきからおかしいけど、なに?」
周囲を見回し始めてしまった。
……俺の馬鹿……。
鋭いはずの秋が、俺の挙動不審な視線に気づかないはずがない。
それまでの祈りも虚しく、秋がクルッと後ろを振り返った。
もう遅いとはわかっていても、机に走り寄って背後にそれを隠す。
「こ、ここは侵入禁止!現在工事中だから見るな!」
自分で言ってて意味がわからない。
ニッコリ笑ったつもりが、実際は思いっきり引き攣った笑いになっているだろう事は間違いない。
一瞬「へ?」という感じで素の顔を見せた秋は、数秒後、今まで見た事がない程の勢いで噴き出して笑い始めた。
「こ…、工事中…って!ククククッ」
腹を抱え、上体を前のめりに大笑いする秋。
散らかり放題の机に呆れられるのと、俺の馬鹿な言動を笑われるのと、いったいどっちがマシなんだろう…。
…深く考えると悲しくなってくるからやめよう。
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