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学園生活Ⅲ-5
† † † †
「天原会長!昨日言ってた資料、今日の放課後には何とかなりそうだから持っていきますね!」
「あぁ、助かる。ありがとう管野原」
昼休みに廊下を歩いている途中、かなり遠くから生徒会書記の一年である管野原に叫ばれて驚いたものの、その内容が喉から手が出る程に欲していた資料の件だという事がわかり、こっちも大声を張り上げて感謝を告げた。
周りにいる人は大声のやりとりにビックリしたように振り向いたけれど、俺と管野原の存在を視界に入れると、納得したように通り過ぎ去っていく。
大きくブンブンと手を振りながら廊下の角を曲がっていく管野原の姿に思わず笑いをこぼしながら、片手を上げて応答した。
1月ももう終わるこの時期になって、ようやく生徒会長としての自分というものが出来上がってきた気がする。
鷹宮さんが作り上げてきたものを壊さないように…、そして更に、自分なりに考えたものをそこに練りこんでもっと良いものにしていく。
もちろんそれは簡単な事じゃない。
でも、俺を生徒会長に任命してくれた鷹宮さんと夏川先輩。そして、突然の任命にも関わらず、細かな気配りとしっかりした対応で支えてくれる現役員達。
彼らの思いに恥じぬような、そんな会長にならなければいけないと思う。
その為の努力は惜しまないつもりだ。
「天原~、お前昼飯もまだ食ってないだろ。早く食わないと午後の授業始まるぞ~」
「あぁ、ありがとう、今から購買で何か買ってくるよ」
通りすがりに、クラスメイトが声をかけてきた。
俺がまだ昼御飯を食べていないこと、よく知ってたな…。
鋭い観察眼に感心しながら、廊下を曲がって階段の踊り場へさしかかった。
そこでふと立ち止まる。
購買は一階の右奥にあるから、そこへ行くのならこの階段を下りればいい。
でも、目を通したい書類を優先するのなら、生徒会室へ行く為に隣の特別教室棟へ行かなければならない。
ちなみに、特別教室棟へ続く渡り廊下は、一階左端の突き当たりにある。この階段では遠回りだ。
「…やっぱり空腹を満たさないと午後の授業がキツイか…」
人間としての欲求を優先する事に決定。
立ち止まっている俺を不思議そうに見て通る他の生徒を尻目に、目の前の階段を下る事に決めた。
Side:北原
誰も彼もが「天原、天原」って、冗談じゃない!
会長に任命されたのだって、絶対に色仕掛けとか何かの卑怯な手を使ったに決まってる。
みんな騙されてるんだ!
堪えきれない苛立ちに唇をギュッと噛みしめた。
冬休みが明けてから今日までの間に蓄積した怒りの感情。イライラして食事も喉を通らない。
「あれ?春香、昼飯食わないの?」
「…食べたくない」
教室を出ようとしたところをクラスメイトの市川君に呼び止められたけど、振り返りもせずにぶっきらぼうな口調でそう返した。
だいぶ前から、僕の事が好きなのだろうと噂されている市川君。
普段はなんとも思わないけれど、こういう時は本当にウザい。親しげに声をかけられるだけでイライラする。
まだ何か言いたそうな気配を感じたけれど、それに気付かない振りで廊下へ出た。
天原が、あの大財閥天原家の直系だとわかっても、まだアンチ天原の人間はいた。一緒に結託して、天原を追い出そうとしていた
でも、それも冬休み前まで。
休みが明けた始業式で天原が会長に任命されてからというもの、そいつらの態度がコロッと変わってしまったんだ。
“長いものに巻かれろ”精神の情けない奴らばかりだったという事が証明された。
あんな奴ら、僕の方からお断りだ!
「あ~、もうイライラする!」
イライラし過ぎて気持ちが悪い。
どこか気分転換できる所へ行こう。
…中庭かな…。そうだよ、僕には中庭の…綺麗な花々に囲まれたあの空間が似合ってる。
行き場所を決めると、早速階下へ降りる為に階段へ向かった。
その時、同じく階段の踊り場へ向かうある人物の後ろ姿が視界に入る。
…天原…。
自然と眉間に皺が寄った。
何かを考えているのか、踊り場の一歩手前で立ち尽くしている姿。
近づきたくなくて、必然的に僕もその背の数歩手前で立ち止まる。
見れば見るほど憎らしい姿。半径10メートル以内に入ってしまったら、それだけで僕が汚れる気がする。
同じ場所で同じ空気を吸っていると思っただけで、ドロリ…と黒い感情が溢れだす。
…嫌い…むかつく…………憎い……。
見ている間に、再び歩き出すその後ろ姿。
消えちゃえばいいのに。お前がいなければ、こんなイヤな気分からも解放されるのに…。…そうだよ、お前がいなくなればいいんだ…、……お前なんか、いらない!!
ドンッ!!
「おい、何やって!…っ…天原!!」
持ち上げた両手。手の平に感じた体温。ちょっと力を込めれば、それはすぐに離れる。
そして、
その姿が視界から消えた…。
「…アハハハ、ざまぁみろ。アンタなんか死ねばいいんだ」
やったよ、やってやった…。これでもう、目障りな奴は消えたんだ!
…きっと、前みたいな楽しい日常が戻ってくる…、…みんなが、戻ってくる…。
side:北原end
「天原どこいくの?」
「購買へパンを買いに行こうかと」
「こんな時間じゃもう売り切れてるだろ」
昼休みももう半分は過ぎてしまったこの時間。通りすがりのクラスメイトから憐みの眼差しを向けられてしまった。
考えてみればその通りだ。こんな時間にパンが残ってるはずもない。
要領の悪い自分の行動に溜息が零れるも、だからと言って落ち込んでいる場合じゃない。
午後の為に、とにかく今は栄養補給をしておかないと。
立ち止まっていた足を動かし、階段の踊り場に差しかかる。
他の人がいなければ遠慮なく全力疾走するのに、会長である俺が余裕のない姿を見せるわけにはいかない今の状況が、かなりもどかしい。
みんなのお手本になるのも大変だ。
苦笑混じりにそんな事を思った時、突然背後から与えられた力によって、体のバランスが思いっきり崩れた。
「…え…?」
何が起きたのかわからない中で、まるでスローモーションのように体がフワっと浮いた気がして…。
一瞬、周りがシンと静まり返ったあと、一気にざわめきが大きくなった。
「おい、何やって!…っ…天原!!」
誰かのそんな声が聞こえた。
…階段から…落ちる…?
そこから、スローモーションのように感じていた時の流れが、いきなり元の速さに戻った。
重力に引っ張られる体。間近に迫る階下の白いリノリウムの床。
………っ!!
床へ叩きつけられるだろう自分。せめて頭だけは守らないと死ぬかもしれない。
咄嗟の防衛反応。頭部を守ろうと、両腕で頭を守る為に抱え込んだ。
そして、
ドサッ!!
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