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学園生活Ⅲ-8

†  †  †  † 階段の事件から5日後。 左足首の捻挫と、膝と腰の打撲。更には精神疲労という診断まで下された俺は、昨日までの数日間学校を休み、寮の部屋で大人しく療養生活を送っていた。 真藤や薫。生徒会役員の面々。もちろん、秋と咲哉も…。それぞれが見舞いに来てくれたおかげで、療養しているはずのわりには、なんだか賑やかな日々だった気がする。 ようやく授業に復帰するという今日。 昨夜見舞いに来た鷹宮さんと夏川先輩の口から、北原の退学処分が決定したと告げられた。 学校側からの言い渡しではなく、向こうの家から申し出てきた自主退学だったらしい。 北原の両親は、理事長である咲哉に、俺に直接謝罪をさせてくれと頼み込んできたらしいけど、咲哉はそれを頑として受け入れなかったという。 俺の精神状態を重んじてくれたのだろう。実際、断ってくれて助かった…という思いがある。 …どんな顔をして会えばいいのか、わからなかったから。 北原に対して、俺はどうすればよかったのか…、この数日、ひたすら考えても答えは出なかった。 『黒崎くんに近づかないで!』 俺の顔を見るたびにそう言ってきた北原。 秋に近づかなければ、こんな事にはならなかったのだろうか…。 いや、たぶんそれは違うと思う。 じゃあどうすれば? 延々と繰り返す自問自答。 きっと、この答えが出ることはないんだろう…、そう思った。 ソファーに座り、ネクタイを結び終えて、登校する為の身支度が全て完了した。 あの事件から初の登校。きっと、噂は全校内を駆け巡っているだろう。 数日の間は視線の多さに堪えないといけないだろう事を考えると、多少どころか、かなり気が重い。 それでも、ここで一人籠っているよりは全然マシだ。 「…よし。行くか…」 まるで夢でも見ていたかのような昨日までの4日間。 今日からは、ショックを受けている時間も感傷に浸っている暇もない。 俺が弱くなっている場合じゃない。 いまだに結構な痛みと腫れをもった左足首の為に用意された松葉杖。 それを手に持ち、座っていたソファから立ち上がった。 リンゴーン、リンゴーン 「……?」 不意に部屋に鳴り響いた鐘の音。 朝から誰かが来るなんて聞いてない。…誰だ…? 不思議に思いながらも、通学用のスポーツバッグを肩から斜めにかけて、不器用ながらに松葉杖を駆使して扉まで足を進める。 そのまま部屋を出るつもりで扉を開けた目の前、廊下に立って優しい微笑みを浮かべる人物に目を瞬かせた。 「…秋…」 「おはよう」 自分もこれから登校するのであろうキッチリとした制服姿。 朝からこうやって会えた事は本当に嬉しいけれど、なんで秋がここにいるのかわからなくて口を開けたまま暫し固まる。 そんな間の抜けた姿を、秋がスルーするはずがない。 案の定、微妙な笑いを浮かべた。 本当は笑いたいのに、俺に気を使って笑うのを堪えたけど、それでも完全には堪えられなかった…、という事があからさまにわかる微妙な表情。 「…笑いたい時は隠さず笑ってくれたほうがまだいい」 「笑っても怒らないんだ?」 「…怒るけど…」 「………」 一瞬の沈黙の後、顔を見合せてお互いに笑いだす。 たったこれだけの事だけど、心にあった憂鬱なものが一気に吹き飛んだ。 自然に口元が緩んでいくのが自分でもわかる。 「そういえば、なんで秋がここに?」 足元に気を付けながら部屋を出て問いかけると同時に、突然フッと肩が軽くなった。 驚いて振り返った先に、俺のバッグを持ちあげている秋の姿が…。 「たぶんこんな事だろうと思って迎えに来たんだよ。俺がこれを持っていくから、深は歩く事にだけ集中して」 「…秋…」 相変わらずの優しさに、ちょっと感動してしまった。 そんな俺を見てフッと笑いを零した秋は、早速バッグを自分の肩に掛けてゆっくりと歩き出す。 「ほら、行くよ」 「あ、ありがとう」 照れくささを隠すためにぶっきらぼうに礼を言ってから、躓かないように気をつけて足を踏み出した。 教室の前で薫に遭遇。それまで肩に掛けていた俺のバッグを薫に託した秋は、「何かあればすぐに連絡して」と言い残して自分の教室へと向かって行った。 そして数日ぶりの教室。 いろいろ聞かれるんだろうな…と覚悟して入った割には、クラスメイト達の様子は今までと何ら変わる事がなくて、思わず拍子ぬけしてしまう。 席に着きながらそんな様子を眺めて目を瞬かせていると、薫がこっそり耳元で 「あのね~、昨日の帰りに真藤君が、『明日から天原が登校してくるけど、事件のことを一言でも口にした奴は次の朝日を拝めないと思え』って、あの鋭い目付きで皆にグッサリと釘を突き刺しまくったんだよ~。だから安心して」 なんて教えてくれたものだから、驚いたのなんのって…。 でもいくらなんでも、『次の朝日を拝めないと思え』って…昔の不良ドラマにありそうなセリフだな。 真藤が言うと、普段が有言実行な分だけ本気でやりそうで怖い。 その時の皆の心理を想像して、少し同情してしまった。 そうこうしている内に、当の本人である真藤も登校し、自分の席に向かう通りすがりに無言で俺の頭をポンっと軽く叩いてきた。 そんな真藤に、へらりと口元が緩む。 結局この日から数日は松葉杖を手放せず、すっかり周りの人の手を借りる事となってしまった。 でも、こういう事になったからこそ、人の温かさとか思いやりに出会える。それを実感した日々だった。

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