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学園生活Ⅲ-9
† † † †
2月に入り、3年生が自主登校に入ったせいか、校舎内にいつもの活気が少ないように感じる。
先輩達の姿がなくなった事で大きな顔をしはじめる二年生もいれば、慕っている先輩との別れの時期が近付いてきたと覇気をなくす生徒もいる。
生徒会の面々は、完全に後者だ。
なんといっても、幼稚舎からのカリスマである鷹宮さんの卒業。
月城学園は、幼稚舎から高等部までエスカレーター式になっているけれど、大学部はない。
大学は自分の将来に見合った場所を世界の中から探し出して行きなさい、という事らしい。
それは必然的に、高等部の卒業=月城学園からの卒業ということになる。
会おうと思えばいつでも会えるという狭い世界から、もう会えないかもしれない広い世界へ旅立つ事を意味する。
「…鷹宮先輩がいない月城学園なんて、想像つかないです…」
放課後の生徒会室で書類の整理をしていた一年書記の管野原は、時折その手を止め、いつもの元気が萎れてしまったようにボソッと呟いた。
その隣の席に着いている同じく一年会計の若林は、相変わらず顔に表情は無いものの、隣で暗くなっている管野原の肩を軽く叩いてなぐさめている。
そんな2人の様子を眺めて苦笑いを浮かべる、俺達二年生3人。
会計の中原も、寂しさを感じてはいるようだけれど、後輩達ほどではないようだ。
前嶋は日々夏川先輩に苛められていたせいか、寂しさと平穏のどちらに重きを置くべきか葛藤と闘っている節が見受けられる。
実際に卒業式を迎えたら本気で寂しいのだろうけど、今の前嶋にしてみれば、ようやく訪れた平和な世界を楽しみたいに違いない。
目の前に散乱していた書類をまとめてクリップで留めながら、いまだ実感が湧いてこない“卒業”と言う言葉に思いを馳せていると、それまで静かだった室内に突然騒音が飛び込んできた。
ガンガンガン!と、全力でノックされているだろう扉。
管野原は余りに驚いたせいか、騒音の元である扉を振り返って「奇襲?!」なんて訳のわからない事を口走っている。
…奇襲をかけられる覚えがあるのか菅野原…。
その内に、若林が立ちあがって対応に向かった。
「どうしたんですか?」
若林が開けた扉の向こうに、制服姿の誰かが見える。
走ってきたのか息急き切ったその様子に、何か嫌な予感が走る。
「悪い!天原いる?」
声と共に若林の体の影から顔を覗かせたのは、同じクラスの皆川だった。
普段は挨拶を交わす程度だけど、なかなか責任感が強くて面白い奴だという認識がある。
その顔に浮かぶ必死の形相を見て、すぐに席を立って皆川の元まで歩み寄った。
これはただ事じゃない。
「どうした?」
「藤沢が!藤沢が退学になるかもしれない!」
「…な…んで…いきなり」
皆川の口から発せられた言葉に、息を飲んで目を見開いた。
藤沢といえば、よく前嶋とつるんでいて、俺も時々一緒になってふざけたりする人物だ。
退学になるような事をしでかす奴じゃない事は、よくわかっている。
後ろを振り向くと、俺達の会話が聞こえたのか…前嶋も顔から表情をなくして席から立ち上がった。
「よくわからないまま教頭が来て、藤沢を連れてったんだよ。教頭の奴すっげえ激怒してて、『退学だ!』って。…なぁ!天原なら会長だし、教頭に意見言えるだろ?なんとかできないか!?」
目の前に立つ皆川に強い力で腕を掴まれ、前嶋に向けていた視線を戻す。
なんとかしたいのは俺も同じだけど、何もわからない今の状況だけでは安易な返事は出来ない。
暫く考えた後、後ろから歩み寄ってきて隣に並び立った前嶋と視線を交わし、無言のまま「やるか?」「当たり前だ」と目線だけでお互いの意思を確認して頷きあう。
「…わかった。とりあえず、教頭の所に行って話を聞いてくる。どうするかはそれから考えるから」
「悪いな、天原、前嶋。俺達じゃどうにも出来なくて…」
唇を噛みしめて悔しそうに俯いた皆川の肩を、前嶋と二人で左右から叩いた。
「任せろ皆川ちゃん!藤沢が意味もなく変な事するような奴じゃないって事は、俺もよくわかってる。天原と俺とでなんとかしてみせるから!」
前嶋がそう言うと、やっと皆川の表情が緩んだ。
「じゃ、俺行くな」
出ていく間際に「ありがとう」と礼を言った皆川は、足早に廊下を走り去っていった。
…さぁ…、どうするかな…。
誰もいなくなった廊下を見つめて思考を巡らせる。
さっきも言った通り、まずは何が起きたのか正確な事実を知る必要があるだろう。
教頭の元へ行くのがいちばん手っ取り早いか。
扉前に立ち尽くしたままそんな事を考えていると、近くにいた若林がボソリと呟いた。
「二月の中旬から下旬になれば忙しくなりますけど、今はまだそうでもありません。生徒会の方は任せてくれていいですよ」
「…若林…」
その言葉に驚いた前嶋と二人、言葉を詰まらせる。
俺と前嶋が藤沢の件に全力投球できるように…と、生徒会の方の仕事は任せろと…、そういう事なのだろう。
「藤沢ってお前らのクラスの奴だろ?アイツいい奴だよな」
「友達を救うのは、生徒会の仕事よりも大切ですよ!」
続いて聞こえた二人の言葉。嬉しさに言葉が出ない。
前嶋も同じく感動しているに違いない…と横に視線を向けた。けれど、何故かそこにいたはずの前嶋の姿が消えている。
…あれ…?
「…っうわ…」
突然、滅多に聞く事はないだろうと思われる、いつも冷静沈着な若林のうめき声が聞こえた。
何事かと思えば、その体に前嶋が抱きついてギュウギュウ締め付けているではないか。
…いつの間に…。どうりで隣にいないはずだ。
あまりの嬉しさに、それを態度で示さなければ気が済まなかったらしい。
若林にしてみればいい迷惑だ。前嶋に抱き付かれて顔が引き攣っている。
ちょっと可哀想になって、前嶋の襟首を後ろからグイっと引っ張って引き剥がした。
「前嶋、教頭のところに行くぞ」
「あ…、待って待って!」
ようやく若林から離れた前嶋は、俺に引きずられるまま一緒に歩きだす。
廊下へ出る時にチラッと見えた若林が明らかにホッとしていたのを見て、密かに笑ってしまった。
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