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学園生活Ⅲ-12

それからすぐに藤沢の部屋を後にし、そのまま寮棟を出た。 気がつけばもう18時を回っていて、外は真っ暗。 新月なのか天気が悪いのか、月明かりもない夜の下では、木々も単なる黒い影にしか見えない。 おまけに、生徒会室を出てくる時にコートを着てこなかったせいで、冬の厳しい寒さを含んだ夜気が身に染みる。 口元から零れる吐息が真っ白くなっているのを見ると、余計に寒さを感じて凍えてしまいそうだ。 「天原、風邪ひくなよ?」 隣を歩いている前嶋が顔を覗き込みながら心配そうに言ってきたけど、お礼を言う前につい笑ってしまった。 どんな時でも、変わらないな…。 「俺だけじゃなくて前嶋も、だろ?」 前嶋らしい気遣いの言葉。…でも、他人の事ばかり心配してないで、自分の事も考えろよ。 歩きながら前嶋の肩に自分の肩をドンっとぶつける。 すると、同じように前嶋からも肩をドンっとぶつけられた。 そして意味もなく笑い合う。 「…変なの…」 「変だな…」 お互いの小さな笑い声が空に散る。 笑ったせいか、落ち込んでいた気分が和らいだ気がする。 そして目の前に、煌々と明るく電気の付いている教室棟の入口が見えた。 夜の真っ暗な闇の中から見るそれは、まるで別世界への入口のように感じる。 その教室棟へ入る前に、一度ピタリと足を止めた。 お互いに視線を合わせず、正面の入口を睨むように見つめたまま。 「友達ひとり助けられない生徒会長が、全生徒をどうやって守るんだよ…って思う」 「こういう時に生徒会副会長の権力を使わなくて、他にどこで使うんだよ…って思う」 前嶋が副会長で本当に良かった。前嶋となら、一緒に生徒会役員として頑張れる。 心からそう思った。 「失礼します」 教室棟にある教頭室。 その扉を思いっきりノックして勢いよく押し開けた。 「な…なんだね突然、君達は!」 奥のデスクで偉そうにふんぞり返って座っていた教頭は、俺達が入った瞬間、慌てたように背筋を伸ばして座りなおした。 でも、いくらきっちり座り直しても、威厳というものはそんな事では醸し出されない。 咲哉とは大違いだ。 脳裏に思い描いた理事長である従兄弟の姿と、目の前の教頭を見比べてげんなりする。 …なんでこんなのを教頭にしたんだよ…。 八つ当たりと思えるような文句を心の中で言いつつ、教頭のいるデスクの前まで足を進めた。 「遅くに申し訳ありませんが、教頭先生とは早々に藤沢の件について話し合った方がいいと思い、会長・副会長である俺達両名ともに直談判しに来ました」 「教頭先生は、先ほど指導室で藤沢を退学にすると言い切っていましたが、それはいくらなんでも横暴過ぎると思います。アイツにはアイツの事情があった、その事情を俺達は今聞いてきました」 俺の挨拶の後に次いで前嶋がきっぱり言い切ると、途端に教頭は髪のない額の生え際から汗を滲ませはじめ、スーツのポケットから取り出したハンカチでそれを必死に拭いだす。 「な…何を言ってるんだね君達は!事情があろうがなかろうが、東條家の大切なご子息に暴力をふるった事実は消えないんだぞ!」 ハンカチを握りしめた左手で、重厚なデスクをドンっと叩く。その反動で、デスク上にあったペンが小さく跳ねた。 そんな様子が視界に入るくらい、頭の内は冷静だと自覚がある。 確かに暴力はよくない。けれど、思わず手が出てしまうくらいの事を言われた藤沢の心の傷はどうなる? 去り際に見た、藤沢の寂しげな笑みが脳裏に焼き付いて離れない。 短く息を吐き出すとそれが耳に入ったのか、教頭がビクっとした様子でこっちに視線を向けてきた。 「…た…天原君、キミなら東條家を蔑ろにしてはいけないという私の気持ちがわかるだろう?た、確かに、天原君の家ほど立派な家柄じゃあないが、あそこもなかなかの家柄だ。珪司君のご両親が何かを言ってくる前にこっちが早い対応をしておかないと、何を言われるかわかったものじゃない。アイツを退学処分にした方が後々の為になる!」 「………」 「………」 前嶋と二人、視線を交わす。 ふざけるな!それなら藤沢の未来はどうなる! 双方で交わされた想いは一緒。怒りでこめかみがドクドクと脈打つのを感じる。 けれど、ここで怒鳴り散らしては意味がない。俺達はあくまでも冷静に、…こんな汚い人間と同じレベルで争いたくはない。 怒りを堪えるために、背中側で組んでいた手をギュッと強く握りしめた。 手の平に食い込む爪の痛みが、冷静さを呼び起こす。

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