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学園生活Ⅲ-15

冷静さをかなぐり捨てた必死の形相にも驚いたけれど、それより何より、藤沢の事を兄さんと呼んだ事に耳を疑った。 東條は、藤沢の事を兄弟だと認めていないんじゃなかったのか? 今の東條を見る限りでは、逆に藤沢の身を案じているように思える。 頭の中が混乱してきた。 そして俺がそんな事を考えている間にも、東條は焦りを大きくしていた。 「天原会長!何も答えてくれないという事は、もう決定してしまったんですか!?どうして!兄さんは何も悪くないのにっ」 「あ…、や…、ごめん…ちょっと待って。落ち着け、東條」 いつの間にか泣きそうになってしまっている相手を見て、俺まで慌ててしまった。 でも、たぶん、これが東條の素なんだろう。ようやくわかった気がする。 さっきまでの落ち着いた対応は東條家の長男としてのもので、実際は年相応の…まだまだ成長途中の後輩なんだと知って、何故かホッとした。 俺の言葉に従ってひとまずソファーに腰を落ち着けた東條は、それでもハラハラした顔つきで続く言葉を待っている。 「まず最初に、藤沢の処分はまだ決定していない。確かな事実を知るまでは、処分を先送りにするよう教頭には言ってあるから、安心していいよ」 「そう…ですか…」 目に見えて東條の体から力が抜けた。 それを見て更に疑問が降りつもる。 いったいこれはどういう事だ? 何かがずれている…。パズルのピースがはまりきっていない、そんな感じ。 暫く考えた後、座っていたソファーから背を起こし、組んだ両手を膝の上に置いて身を乗り出した。 「東條、一つ聞きたい事がある。お前は、藤沢の事を憎んでいたんじゃないのか?昨日、感情のままに暴言を吐いたのは、どういうつもりだったんだ?……正直な話、今日お前に会うまでは、嫌味を言うような意地の悪い奴なんだろうって思ってた。でも実際にこうやって話をしていると、とてもそんな風には思えない」 今の心情を、隠す事なく口に出した。 東條から目を逸らさず、多少キツイ口調になってしまったのは否めないけれど、ここがいちばん重要だと思ったからこそ、全てを言葉にした。 視線を合わせたまま微動だにしない相手。その瞳には、僅かに逡巡する動きが見られる。 たぶん、俺が、全てを告げるに値する人間かどうか考えているのだろう。 暫くして、東條の瞳に浮かんでいた小さな揺らぎが消え失せたのがわかった。 拒否られるか、真実を話してもらえるか…。緊張に首筋がヒヤリとする。 「……実は…、俺と藤沢先輩は、腹違いの兄弟なんです」 「………」 「…驚かないって事は、兄さんから聞いたんですね」 俺が反応を示さなかった事で、東條がホッとしたように安堵の溜息を吐いた。 それに対して、無言で頷き返す。 裏の事情は全て聞いている。だから安心して話してほしい。そんな思いを込めて。 東條は、その言外の言葉をしっかりと感じ取ってくれたらしく、それまで緩む事のなかった双眸に初めて小さな笑みを浮かべた。 「こうやって話を聞きに来てくれたのが天原会長で良かったです。……今回の事は、全て俺の浅はかで自分本位な考えから起きてしまいました…。…知っていると思いますが、兄さんは凄く優しいんです。それは、兄さんの考え方全てに及んでいて…。自分が不倫の間に出来た子供だって事で…、俺に対しても東條の家に対しても、凄く遠慮してるんです。でもそんなのは親同士のイザコザであって、俺と兄さんの間には何の関係もない。それなのに兄さんは、俺を見る時に必ずすまなそうな顔をする。俺は、唯一の兄弟である藤沢先輩を兄と呼んで仲良くしたいと思っているのに、あの人は色んなしがらみに囚われてしまって俺自身すら見てくれない…、後輩としても見てくれなくて…、あの人の中で弟っていう存在が消されてるんです…」 「……東條…」 柔らかだった笑みが悲しい色に染まり、昨夜の藤沢の切ない微笑みとダブる。 血は争えないとはよく言ったもの。藤沢と東條はそっくりだよ。誰がなんといおうと兄弟だ。 悲しげな東條を見て、自然と俺も眉を寄せる。そんな俺を見た東條が困ったように一度目を伏せた。 「こんな話を聞かせてしまってすみません。でも本題はここからで、なんで俺が兄さんに殴られるような暴言を吐いたかというと…、…さっきも言いましたが、凄く浅はかな考えで…。いつも俺に遠慮して気を使っている兄さんに本音で接してほしいって思った時に、通常のやり方では絶対に無理だと思ったんです。だから、本気で怒らせれば、いくら兄さんでも絶対に素を出してくれるって…、俺に対して本気を出してくれるだろうって…。そして、一度でも素を出してくれれば、それをきっかけに本音で接してくれるようになるかもしれない…って、そう、考えたんです…」 「それで、絶対に藤沢が怒るだろう言葉を言ったのか…」 「…はい…」 全てを言い終わった東條は肩を落とし、シュン…と萎れた若木のような様相で顔を俯かせた。 人の想いは、見方や角度によって逆方向へ向いてしまう事がある。 今回は、それが思いっきり当てはまってしまった。 真実を知れば、誰も悪くないとわかる。 でも、ほんの少しやり方を間違えてしまった事が、暴力沙汰として問題になってしまったのも事実。 テーブルの上に置いた両手を、グッと強く握りしめた。 「…東條。今の話、教頭と学年主任と藤沢の前で話す事はできないか?」 自分でも酷な事を言っている自覚はある。 けれど、藤沢の退学処分の撤回、そして、東條と藤沢の兄弟間のわだかまりを消す。その二つを同時に解決させるとなると、それしか方法が無いように思う。 押し黙る東條の顔を見つめた。 案の定、その瞳は不安と動揺に揺れ動いている。 答えを出すのは東條自身。それを強制する権利は、俺にはない。 数秒、数分、そして十分ほど経った頃、東條が静かに声を発した。 「…俺…、今から学園に行きます。そして、全てを話します。兄さんに謝って、これからの事をしっかり話し合って、俺の気持ちを、きちんと兄さんに告げようと思います」 「…そうか…、わかった」 さっきまでの頼りない東條とは違う、力に満ちた決断の言葉。 …もう、大丈夫だな。 そう確信できた。 「俺も一緒に着いて行くから、教頭の事は任せてくれていいよ」 「はい!有難うございます!」 元気よく頷いた東條の顔には、晴れ渡った冬の空のような、清々しい微笑みが浮かんでいた。

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