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学園生活Ⅲ-16

東條と二人で学園に戻ったのはちょうどお昼。これなら、教頭も学年主任の松川先生も藤沢もつかまるだろう。 昇降口からそのまま進路指導室へ向かう。偶然にもちょうどそこにいた学年主任の松川先生に全ての事情を説明し、藤沢と教頭を呼んでくれるように頼みこんだ。 真実を知った松川先生は、もちろん驚いていたけど、今回の出来事に悪意という感情が含まれていなかった事に安堵し、すぐさま2人を呼びに行ってくれた。 進路指導室のいちばん奥のスペースで、東條と二人、静かに時を待つ。 そして数分後、ガチャリと扉が開く音が聞こえた。 いよいよだ…。 にわかに、隣に立つ東條の気配が強張る。 それを解きほぐすように軽く背中を叩くと、若干、肩から力が抜けたようだった。 開いた扉から最初に入ってきたのは松川先生、次いで偉そうに肩を怒らせている教頭。そして最後に入ってきたのが、固い表情の藤沢。 藤沢の姿が視界に入った途端に緊張が増大したのか、東條が小さく喉を詰まらせたような音が聞こえる。 それでも、ここからは東條が一人で頑張らなければいけない場面だ。俺は手助けをするつもりはない。 「それじゃあ、始めようか」 松川先生の言葉を合図に、全員が席に座る。 教頭は、俺と東條の姿を見た途端にヘラリとした媚びを含む歪んだ笑みを向けてきたけど、俺達はそれを綺麗に無視した。 俺と東條が並んで座り、膝くらいの高さしか無いテーブルを挟んで向かい側に教頭、松川先生、藤沢が座る。 東條と藤沢が、ほぼ正面で向き合っている形だ。お互いに、視線を合わせないように俯いたり視線を横に彷徨わせたりしている。 「休んでいるところを来てもらって悪かったね、東條君」 「いえ、今回の件は全て僕のせいで起きたようなものです。来て当たり前です」 まるで揉み手でもしそうな雰囲気の教頭に、東條は冷たい態度で言葉を返した。 そして、それを皮切りにして、東條が全てを語りはじめた。 もし、緊張してまともに説明が出来なかったらどうしようか…。 そんな俺の不安も全て杞憂に終わった。 さすがは東條家の人間だ。いざとなれば、大人顔負けの度胸の良さと頭の回転の良さを発揮する。まさにそれが今だった。 「……――という東條家の背景があり、そしてさっきも言った俺の自分勝手で自分本位な考えで、藤沢先輩が俺を殴るように仕向けた。それが事実です」 全てを話し終わった後、教頭は何も言えずにハンカチで額の汗を拭い、学年主任の松川先生の表情は変わらぬままだった。 藤沢は目を見張って、まるで信じられない物でも見るように東條の顔を凝視している。 たぶん、東條が藤沢の事をどう思っていたのかを初めて知って、驚いたんだろう。 室内がシーンと静まりかえる中、東條がその眼差しをしっかりと藤沢に向けた。 「兄さん、本当にすみませんでした。さっきも言った通り、俺は兄さんと本当の兄弟として接したい。……馬鹿な事をして迷惑をかけて、…傷つけて…。俺にこんな事を言える資格はないけれど、でも、俺を弟と認めてくれませんか?親とか関係なく、俺を…、俺個人として見てくれませんか?」 テーブルに額がぶつかるくらいに深く頭を下げた東條を見て、藤沢の顔が泣き出しそうにクシャッと歪んだ。そして目を固く閉じる。 その姿は、涙を堪えているようにも見えて、俺までグッと堪えるように自分の両手を握りしめた。 「……珪司…、俺は、お前に疎まれていると思ってた。疎まれて当たり前だと思ってた。…だからこそ姿を見せないように過ごしてきた…。そんな俺に、頭を下げないでくれ。…俺だって兄弟として仲良く出来るなら、凄く、嬉しい」 藤沢は涙で潤んだ目を開け、手を伸ばして東條の頭を優しく撫でた。 その瞬間、頭を下げたままの東條がハッと目を見開き、次いで、泣き笑いのような照れくさそうな…、そんな表情を浮かべたのを、隣にいる俺だけは気付くことができた。 頭を上げた東條と、それを優しく見守る藤沢。 2人がようやく全ての誤解を解き和解したのを見て、すぐさま教頭と松川先生に向きなおった。 「聞いての通り、今回の件はこれで全て解決しました。単なる兄弟喧嘩として、処分する事は何もないと言う事でいいですね?」 まっすぐに見据えて念を押すように強く言い放つ俺に、さすがの教頭も何も言う事が出来ず。 負け惜しみのように「ま、まぁ今回の件は不問にしよう」と、相変わらず片手に握っているハンカチで額の汗を拭いながらそう言った。 チラリと視線を向けた先の松川先生に、(よくやったな)と満面の笑みで頷かれ、これで本当に解決したと…、ようやく安堵の溜息を吐きだす。 なんだか、昨日からの今日までが異様に長く感じる。 …あとで前嶋に会いに行くか…。 きっと、色々な事に気を揉んでやきもきしているだろう様子を想像して、自然と顔が緩んだ。

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