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学園生活Ⅲ-17
† † † †
藤沢と東條の件が解決してから数日後。
生徒会の仕事もある程度一段落がつき、あとは卒業式に関しての仕事だけとなった時点で、本当に鷹宮さん達との別れが近づいてきた事を実感しはじめていた。
午前の授業が終わり、珍しくも購買で買ったパンを持って真藤と薫と三人で屋上に来た。
給水棟の壁に寄りかかって座り、パンを食べる事もせずにボーっと空を見上げる。
空気は冷たいものの、風がなく天気が良いせいで我慢できない程の寒さにはなっていない。
「…絶対に魂抜けてるよ、あれ」
「お前将来医者になるんだろ?なんとかしろよ」
「え~、無茶苦茶言わないでよ~。それなら将来弁護士になる真藤君がどうにかしたら?」
「どっちが無茶苦茶なんだよ…」
何やら近くから失礼な会話が聞こえる気がする。
ボソボソと小声で話してるけど、ここまで近くにいると全て筒抜けなんだよっ。
横目でジロリと二人を睨む。
「あ、魂が戻ってきた」
「お帰り天原。早く飯食えよ」
まるで何事もなかったように普通にパンを指し示して言う真藤に、思わずヘロっと力が抜けた。怒るだけ虚しい…。
手に持っていた野菜サンドを無言で口に運び、そのままただひたすら黙々と咀嚼していると、薫がブリックパックのフルーツ牛乳を飲みながら一撃必殺の一言を放ってくれた。
「鷹宮会長も夏川先輩も、あと少しで卒業だね」
「ッゴホ…っ!」
思いっきり咽た。
この二人、俺がボーっとしてた理由に絶対に気づいていたな!?じゃなければ、このタイミングでそのセリフを言うはずがない。
「ちょっと深君汚い~」
「誰のせいだよ!」
「他人に責任転嫁すると罪が重くなるぞ」
「………」
真藤が言うとシャレにならない…。本当に自分が重罪を犯したような気にさせられる。
薫の手から強奪したフルーツ牛乳で野菜サンドの最後の一口を流し込むと同時に、真藤に対する反論もキレイさっぱり飲み込んだ。倍返しが来るとわかっているのに言い返せるわけがない。
そんな俺を見て、薫が楽しそうにクスクス笑っている。
「でも本当に信じられないよね~、鷹宮会長が月城からいなくなるなんて」
「そうだな…。あの人に対抗できる能力を持っている奴なんて、来年からは黒崎ぐらいしかいないだろ」
「あ~、確かに。でも、深君も負けてないよね」
「あぁ、ある意味そうだな」
俺を置いて二人の会話はどんどん進んでいく。口を挟む余地も無い。
秋はともかく、俺は何もしてないぞ。
そう言いたいけれど、胸にジワリと込み上げる寂寥感に邪魔されて言葉が上手く出てこない。
どんなに考えても、時の流れは止められない。こうやってボーっとしている間にも、鷹宮さんとの別れの時は刻々と迫ってくる。
「…ハァ…」
深い溜息が零れ出た。
「…重症だね」
「重症だな」
もうなんとでも言ってくれ。
2人を放置して、また空を見上げた。
冷たい空気が、マフラーをしていても体に染み込んでくる。
それでも、キンッとした張りのある空気が、まとまらない思考回路に喝を入れてくれるようで心地良い。
卒業したからといって、それが永遠の別れってわけでもない。連絡先さえ聞いておけば、メールでも電話でも繋がりは持てる。
考えてもどうにもならない事をこんな風にいつまでもグジグジ思い悩むなんて、女々しい以外の何物でもないな。
「よしっ」
両手で頬をバシッと叩いて気合いを入れた。痺れるような痛みが、頭をスッキリさせる。
「…奇怪な行動に走りはじめたんだけど…」
「だから、将来医師になるお前の出番だってさっきから言ってるだろ」
「あ~!そうやって僕にばかり変な事押し付けるんだ~!」
「弁護士には頭のおかしさは治せないんだよ」
「僕にだって無理~!」
「………お前ら……」
どう聞いてもおちょくってるとしか思えないやりとりに、さすがに堪忍袋の緒が切れた。
切れた袋の先から、溜まりに溜まった怒りがポロポロと溢れ出す。
握った拳をもう片方の手の平に押し当てて二人に満面の笑みを向けると、引き攣った顔で目を逸らされた。
その時、屋上と校舎を繋ぐ扉が、バタン!と凄い勢いで開かれた音が聞こえた。
突然の出来事にビクッと驚いて振り向いたのは俺達だけじゃなく、同じように屋上で昼を食べていた他の生徒数名も動きを止めて扉の方向を見つめている。
俺達の位置からだと見えないが、誰かが来たらしい。
屋上にいる内の一人が、その飛び込んできた人物と知り合いだったらしく「そんな血相変えてどうしたんだ?」と話しかけている声が聞こえてきた。
何かあったのか?
真藤と薫と三人で顔を見合わせるも、俺たちにわかるはずもなく…、ただ首を傾げるのみ。
すると、先ほど扉が開いた大きな音よりも遙かに響く音量で、誰かの叫ぶような声が放たれた。
「大変だよ!いま職員室で先生達の会話が聞こえちゃったんだけど、黒崎先輩、アメリカに行っちゃうって!」
…………え……?…いま…なんて……。
聞こえた内容に耳を疑った。
俺の聞き間違いだよな?誰かがどこかに行っちゃうって…、……え?…誰が?
頭の中が真っ白になったまま真藤と薫に視線を向けると、妙に真剣な強張った表情を浮かべている二人と目が合う。
さっきまで屋上にいた生徒達は、騒ぎながら校舎へ戻っていってしまった。
そして気付けば辺りはシンと静まりかえる。
「…深君…、あの…」
「単なる噂だろ」
眉を寄せている薫と、厳しい顔つきの真藤。
2人がそんな顔をしている事が、なんだかとても嫌だった。
「…な…んて顔してるんだよ、二人とも。…真藤が言う通り、いつもの噂だろ?いつもは、そんなの…気にしてない…のに…、なんで…そんな」
2人に向かって言っているのか自分に言い聞かせているのか、よくわからなくなる。
声が尻つぼみになり、言葉が途切れた。
聞かなかった事にしたい…。単なる噂だと思いたい。
でも、二人がそんな顔してたら、まるで本当の事みたいでイヤなんだ。
物凄い聞き間違いしてるよアイツ!って、笑い飛ばしてほしいのに!
パニックになっている自分と、やけに冷静に考えている自分。
自分の中に二人の自分がいるような感覚に襲われて、いったいどうすればいいのかわからない。
「…今の話が噂なのか事実なのか、すぐにわかるはずだ。それまではあまり深く考えるな」
厳しい顔をしたままの真藤が言った言葉に、「そうだよそうだよ」と薫が何度も頷く。
…そう…だよな…、まだ事実だと決まったわけじゃない。とにかく落ち着こう…。
考えれば考えるほど、悪い方にばかり思考が向かってしまう。だからこそ、事実を確認するまでは勝手な想像をするのはやめよう。
自分の中で無理やり言い聞かせ、二人に向かって無言で頷き返した。
それと同時に、昼休み終了の予鈴が鳴り響く。
午後の授業はきっと何も頭に入らないだろう事を予測しつつ、妙に張りつめた空気の中、三人で足早に屋上を後にした。
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