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学園生活Ⅲ-18
† † † †
屋上で秋の噂を聞いた翌朝。
その噂は、すでに学園内全てに広がっていた。
ここまで広がっているにも関わらず、学園側が誰ひとりとして訂正の情報を流さない。
それは、この噂の信憑性が高い事を示すのではないだろうか…。
朝のHRが始まる前。
自分の席に座りながら、ともすれば真っ白くなってしまう思考回路とひたすら闘っていた。
教室にたどり着くまでの間に、何人の生徒から問い詰められただろうか…。
『天原会長!あの噂は本当なんですか!?』
それは俺が聞きたいくらいだ。
けれど、会長としての立場上、うろたえるわけにもいかない。
逆に俺が皆の動揺を抑えなければならない。
機械的に動く口と体を、まるで他人事のように感じながら教室に辿り着いた時には、もうヘトヘトに疲れ果ててしまった。
「…深君」
「ん?…どうした?」
呼び声に顔を上げると、HRが始まるギリギリになって教室に飛び込んできた薫が、何やら神妙な顔をして横に立っていた。
何かを言いたいのに言う事が出来ない、そんなものを感じさせる表情。
「………薫?」
「…深君、今夜、黒崎君としっかり話をした方がいいよ」
「え?」
「…噂、…本当の事みたいだから…」
「………」
薫の口から零れ出た言葉に、何も声を発する事が出来なかった。
ただ馬鹿みたいに、救いを求めるように薫の顔を見つめるだけ。
全身の血が一気に下がって冷たさを感じたかと思えば、すぐにその血が逆流して顔が熱くなり、こめかみがドクドクと脈打つ。
……噂が本当なら…、秋はアメリカへ行ってしまうって事…?
今すぐにでも秋の元へ行きたい気持ちとは裏腹に、体はピクリとも動かない。
…事実を、知りたくないからだ。
秋の口からそれを告げられたら、俺はどうすればいいんだろう。
動揺のあまり、周囲の音が一切聞こえなくなった時、頭の上にポンっと暖かな何かが乗せられた。
その感覚に、フッと周囲の音が戻ってくる。
「…真藤…」
俺の頭の上に乗せられている手が髪をクシャっと撫でるように動き、離れていった。
真藤は何も言わない。でもそれが逆に心を落ち着かせてくれる。
薫を見れば、優しく微笑まれた。
…そうだな、秋としっかり話をしよう。ショックを受けている場合じゃない。
二人のおかげで、固まっていた心に少しだけ温度が戻る。有難うの意味を込めて笑いかけると、頑張れとばかりに力強く頷かれた。
【今夜、時間取れるかな?何時でも構わないから】
【俺も深に話したい事があったからメールしようと思ってた。今夜8時、深の部屋に行くよ】
昼休み。
そんなメールを秋と交わした。
そしてただいまの時刻、夜の7時半。
もう少しで真実が明らかになる。
心のどこかで、まだあれは単なる噂だと信じたい気持ちがある。
でも殆どの部分では、事実として受け止めているのも確かで…。
緊張のあまり、大きく深呼吸をした。
リンゴーン
突然聞こえた来客を告げる鐘の音に、息を飲む。
間違いなく、秋だろう。
緊張で引き攣りそうになる頬を両手でバシッと叩いてから扉へ向かう。ゆっくりと開いた先にいたのは、やはり秋だった。
心なしか、秋の顔にも緊迫感が漂っているように見える。
「どうぞ。入って」
先にリビングへ戻る俺に続いて、無言で頷いた秋も後から続いた。
何も言葉を発しないその様子に、ズシンと胸の奥が重くなる。
「コーヒーと紅茶、どっちがいい?」
平静を装って、いつものように普通の口調で秋に話しかけながらミニキッチンへ向かった。
…いや、向かおうとした。
けれどそれは、横から伸ばされた秋の手に寄って引き止められる。
掴まれた腕が酷く痛むのは、気のせいだろうか…。
痛みのせいか、それともまた別の何かの要因のせいか…、微妙に歪んでしまう表情を隠すように俯く。
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