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学園生活Ⅲ-19

「………飲み物はいいよ。だから座って」 強引に腕を引っ張られ、よろめいた先のソファーに倒れ込むように座った。 次いで秋も、すぐ隣に腰を下ろす。 怖くて怖くて、顔が上げられない。 心の準備をしていたつもりでも、覚悟までは出来ていなかった。 掴まれた腕もそのままに、暫くの間お互い身動ぎもせずに押し黙る。 秋から漂う空気も、どこか重苦しい。 そのままどのくらいの時が流れただろうか。 沈黙に耐えられなくなった俺が顔を上げたのと同時に、秋もこっちを向いた。 「…秋…、話って、なに?」 喉元で掠れて上手く発せられない声。たぶん、顔は泣きそうに歪んでいるだろう。 俺を見つめる秋も、悲痛な表情を浮かべている。 一見無表情のように見えるけど、固く結ばれた唇が何かを堪えているようで…、それが全てを物語っていた。 「深、言うのが遅くなった事をまず謝らせてほしい。ごめん」 「…秋…」 頭を下げたその姿に茫然とする。 言うのが遅くなったというのは、アメリカ行きの話に間違いないだろう。 思わず唇を噛みしめた。そうしないと、泣きごとが口から零れてしまいそうで…。 震えそうになる手をグッと握りしめて秋の肩を優しく叩く。顔を上げた秋に、泣きそうになるのを堪えて笑みを向けた。 「それって、アメリカ行きの事だよな?謝る事なんてない。早く言ってくれれば良いってものじゃないし、秋だって悩んだんだろ?…こうやって、話しに来てくれただけで俺はじゅうぶんだから」 そう言いながらも、胸はギリギリと締め付けられるように痛む。 本当は、「イヤだ!」って、「行かないでほしい!!」って叫びたい。 なんでだよ!?って問い詰めたい。 …気を抜けば、今にも涙が出てしまいそうだ。 でも、そんな事を言えば秋を困らせるのが目に見えている。相当悩んだのであろう秋の苦悩の表情を、これ以上歪ませたくない。 だから、なんでもない風を装って必死に取り繕う。 すると突然、秋がものすごい力で抱きしめてきた。 まるで全身でぶつかるように抱きしめられた衝撃で、口から呻き声が零れ出る。 「本当にごめん!家の意向で、逆らう事が出来なかった。……深と…離れたくなんてない…ッ」 「秋…」 こんな…泣きだす寸前のような秋の声は、初めて耳にするかもしれない。 それが秋の心情を隠すことなく表していて、…苦しくて…、息が…詰まる…。 両腕を秋の背中に回してギュッと強く抱きしめた。 たとえ離れても、秋への気持ちは絶対に変わらない。 俺の気持ちが伝わるように、腕にすべての想いを込める。 これが最後じゃないのに、でも、いま力を緩めた瞬間、お互いがどこかへ行ってしまうような心もとなさを感じて…。ただひたすら、秋にしがみつくように抱きしめた。 そのまま暫くして、秋がモゾっと身じろぎをしたかと思えば微かに溜息をこぼした。 「秋…?」 少しだけ腕を緩めて秋の顔を覗き込むと、ようやく視線が合う。 なんだろう…、少し気持ちが落ち着いたせいか、この状態が妙に気恥ずかしい。 それは秋も同じだったようで、照れくさそうに緩い笑みを浮かべた。 「お互いの距離が離れる事になっても、俺は深を手離そうとは思ってない。もし仮に深が別れたいと言ったとしても、離すつもりはないから。覚悟しておいて。…絶対、戻ってくる」 「…秋」 顔が熱くなって言葉に詰まった。心臓が凄い勢いで動き出す。 そういえば秋は、普段は優しいけど時折ものすごく強引で男らしい行動や言動をとる事がある。まさに今がそれだ。 こうやって不安を吹き飛ばしてくれる秋に、俺も報いたい。 「お…れは…、どんな事があっても、秋と別れたいなんて絶対に思わない!俺の方だって、秋が別れたいって言っても離れないから!…戻ってくるまで、全力で待ってる」 恥ずかしさのあまりに憤死しそうだ。でも、ここで言わなきゃ男がすたる! 勢いがつき過ぎてまるで怒鳴ってるみたいな口調になってしまったけど、それもまた俺の気持ちの表れだ。 さすがの秋も勢いに驚いたのか一瞬目を見張った。 その直後、今度は嬉しそうにフワリと目元を綻ばせ、 「…深」 俺の名前を呼ぶと同時に、力強い腕が柔らかな仕草で背に回される。 優しく…でも少しだけ強引に、暖かな唇が重ねられた。

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