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学園生活Ⅲ-20

†  †  †  † 秋のアメリカ留学決定。 その話が真実のものとして学園全体に浸透したのは、秋が俺の部屋を訪れた2日後の事だった。 秋の存在が存在なだけに学園内は一時騒然としたけれど、教師達がそれをなんとか諌めて回ったせいか、そんなにひどい騒ぎにはならなかった。 同時に、どこから広まったのか…囁かれ始めたもう一つの噂がある。 それは、俺と秋が付き合っているという噂。 その噂に関しては、信じる者、しょせん噂だと信じない者、嫉妬する者、どっちつかずで疑心暗鬼に囚われる者。反応は様々。 ほとんどの人は、真偽を直接確かめようとはせずに陰で噂話に花を咲かせるだけだった為、俺も秋もそれに関しては放っておこうと決めた。 関係のない人間に、わざわざ言ってまわる必要はない…、噂はいつか下火になり消えるから…と。 問題は、その噂を真実のものだと確信し、直接確かめに来る人間。 …それも、秋にではなく俺の元に…。 「深君…、薄情者だって自覚はある?」 「あ…いや…、それは…」 昼休みになると同時に、薫に物凄い力で腕を引っ張られて辿り着いたのは屋上。 着いた早々、フェンスに追い込まれるような形で問い詰められた。 まだ素の薫には戻っていないものの、鋭い目付きで睨まれてしまえば普通に怖い。 助けを求めようと薫の背後に立っている真藤を見ても、やはりこっちはこっちで機嫌が悪そうに腕組みして、俺をジーッと見つめてくる。 冬の空気の冷たさに寒さを感じてるのか、それとも目の前にいる薫から漂うブリザードのようなオーラに寒さを感じているのか、もう自分でもよくわからない。 「だって、言いづらいだろ…。同性の恋人ができました!それも相手は秋です!だなんて。…どの面下げて親友に報告しろって言うんだよ」 言ってるそばから顔が熱くなってきた。羞恥心の限界ギリギリだ。 これ以上薫に問い詰められても、もう俺には何も言えない。恥ずかしくて憤死する。 薫の顔を真正面から見据えて、もう何も言うな!と切実に目で訴える。…が。 「………薫?……なんで、顔が赤い…?」 「………」 何故か、さっきまで般若のような形相をしていた薫の顔が、熟れたトマトのように真っ赤になっていた。 何かを耐えるように握りしめた拳がプルプル震えている。 え、どうしたんだ…。 「…ず…、ずるい!」 「な…、何が…」 今度は突然責められた。意味がわからない。 またも真藤にヘルプの視線を送ると、こっちもこっちで、先程までの顰めっ面ではなく、何やらニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべている。 いったいなんだよ!? 不気味な二人の反応を引き気味に見ていたけれど、次の瞬間に薫が言い放った言葉があまりに意外過ぎて、間抜けにも口をポカンと開けてしまった。 「し…親友だなんて…、今まで言ってくれた事なかったもん!」 そんな事を真っ赤な顔で言われるとは思わなかった。 まさかそんな言葉でここまで照れられるとも思わなかった。 「いや…、言った事なくでも、そんなの普段の関わり方を見てればわかるだろ」 「そんなのわかんないよっ!僕が深君の事そう思ってても、深君は黒崎君の事でいっぱいいっぱいだったし!…って、黒崎君は親友じゃなくて恋人だって事はわかったけど!でも、だからって、僕の事そこまで信頼してくれてたとか、勝手に自惚れられないし!」 「落ちつけ宮本」 全力で想いを告げる薫の背後から手を伸ばした真藤が、言葉と共に薫の脳天をガシッと掴んで左右に揺らす。 真藤って絶対にバスケットボールを片手で掴める奴だ…。 状況を忘れてそんな事を考えている間に、ようやく薫が静かになった。 そして今度は、それまでの熱血さが嘘だったかのように身動き一つしない。 眉間に皺を寄せながら横目で真藤を睨んでいる所を見ると、頭を鷲掴まれた事が気に入らないのだろう事が予想できた。 「女じゃあるまいし、俺達親友だよなーなんてワザワザ口に出して確認する事じゃないだろ。親友って言葉が大事なんじゃない。実際のお互いの関わり合い方が一番大事だろ?親友って言葉に拘らなくても、俺は今のこの関係が凄くいいものだと思ってるけどな」 「…真藤…」 今度は俺の顔が熱くなる。…なんだよこの恥ずかしいやり取りは。 「あ~あ、お前ら二人とも熱でもあるんじゃないか?顔が真っ赤。風邪引かれても困るから、そろそろ教室に戻るぞ」 そう言って、真藤は一人でさっさと校舎内に戻って行ってしまった。 それを見て慌てたのは俺と薫。 一瞬顔を見合せてフフッと笑い合い、お互いに競うように真藤の後を追って校舎の中へ走り出した。 そして放課後。 今、俺の目の前には重厚な一つの扉がある。 横から見ても斜めから見ても、どうあがいても理事長室に続く扉だ。 「…ハァ…」 今からのやりとりを想像するだけで、全身の体力が根こそぎ奪われる気がする…。 午後の授業が終わったと同時にメールが来たかと思えば、差し出し人は咲哉で。内容は「今すぐ理事長室に来い」という、なんとも傍若無人な咲哉らしいものだった。 呼び出された理由は、何をどう考えても秋と俺の事だろう。 冬休みに俺達の間で起きた出来事を思い出すと、今から会う咲哉がいったい何を言い出すのか…、胃が痛くなりそうだ。 でも、ここで考えてても仕方がない。…入るか…。 些か力任せ気味に扉をガツガツとノックし、暫くおいてから理事長室に足を踏み入れた。 「失礼します」 室内はやはりいつもと同じく静けさに満ちている。 そのせいか、室内にたった一人でいる咲哉の存在感が強烈だ。 「なんの用事ですか?西条理事長」 全くもって可愛げのない態度。 そう思ったのは咲哉も同じようで、俺の言葉を聞いた瞬間、不満そうにピクリと片眉を引き上げた。あげくに、機嫌の悪そうな表情でジーッとこっちを睨んでいる 「………」 「………」 無言の攻防の末、根負けしたのは俺だった。 溜息を吐きつつ、近づきたくないという雰囲気を漂わせて渋々と咲哉のデスクへ向かう。 「…いつからだ」 「………クリスマス…」 咲哉にしては珍しく、もの凄く深い溜息を吐きだした。 それは俺に対してと言うよりも、まるで自分に対して吐いたように見える。自嘲の溜息。 意味がわからずにその様子を眺めるている俺に、なんとも微妙な顔をしたままの咲哉が、 「その日は、お前が寮の荷造りに行った日だろ。…という事は…だ、俺が寮部屋を変更するなんて言わなければ、お前らが付き合うような事にはならなかったかもしれない。きっかけを作ったのは俺か…という事に気がついてなんとも自分が腹立たしくてな」 低い声でそんな事を言った。 なるほど…。確かにその事がなければ、更に言えば冬休みに咲哉が俺を襲わなければ、俺はいまだに秋に対する気持ちに気がついていなかったかもしれないし、秋もあんな行動を取らなかったかもしれない。 今まで通りの、なんら変わらない日常を過ごしていたかもしれない。 そう考えると、あの出来事も悪い事ばかりじゃなかったって事か…。 逆に、秋と想いが通じた事を考えれば、結果的に良かったんじゃないだろうか。 「…なんだそのニヤけた顔は」 「え?」 いつの間にか顔が緩んでいたらしい。気付けば、咲哉が凄くイヤそうに眉を顰めて俺を睨んでいた。 さっきの溜息が自分の行動に後悔してのものだったなんて…、なんとも口元がムズムズする。咲哉が自分のとった行動で失敗するなんて滅多にないからだ。 こんな時くらいは「ざまぁみろ」と言ってやりたい。 あとが怖くて言えないけど…。 「…あー、もういい。お前と話をしてると気分が悪くなる。当分俺の前に姿を現すな」 「お…まえって奴は…」 本当に嫌そうな顔で、追い払うように手をヒラヒラと振っている。 お前が呼んだから俺はここに来たんだろう!? あまりと言えばあまりの言葉に、開いた口が塞がらない。 文句の一つも言ってやりたいけど、ここに来る当初に想像したような微妙な会話にならなかった事を考えれば、良しとするしかない。このまま大人しく帰った方が身の為だ。 姿を現すなと言われるなんて、俺にしてみれば願ってもない事。 「呼ばれない限りここに来る事はないから安心しろよ。じゃあな」 考えを変えられてまた呼び止められたら大変とばかりに、おざなりな言葉を咲哉に放ち、すぐさま理事長室を後にした。 深が去った後の理事長室。 一人になった咲哉は、それまで浮かべていた表情を消した。 瞳に微かに残るのは、どこか切なくも見える慈愛の色。 「…これでお前が幸せになれるのなら、俺はそれを大人しく見守ってやるよ…」 瞼を閉じ、静かな声で呟いた言葉は、誰に聞かれる事もなく……、ほんのひと欠片の苦味を伴いながらも優しく空気に溶け込んだ。

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