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学園生活Ⅲ-21
† † † †
真藤と薫、そして咲哉にも事実を告げた次の日。
昨日の今日ではやっぱり噂はおさまらず、今日も朝から周囲の視線が痛い程にビシビシと突き刺さる。
「深君、いつにも増して人気者だね~」
「…薫…、少し黙ってくれる?」
「もし我慢出来なくなったら言ってね?………あいつら全員黙らせてやるよ」
「…………」
最後の一言だけ素に戻るのは止めてほしい。「黙らせる」が「殺す」に聞こえたのは気のせいだろうか。
休み時間になるたび、廊下側の扉から知らない奴らが教室内を覗き込んでくる。
視線が痛くてたまらないけれど、薫を殺人者にするのも考えものだ。
それに、妬みとも物見遊山ともとれる視線にだんだん慣れてきたのか、世の中には物理的じゃない刺激物もあるんだな…なんて、視線の突き刺さり具合をまるで他人事のように考える余裕も出てきた。
「天原」
「だから大丈夫だって」
隣の席の真藤も、薫と同じく心配症だ。
気にするな、と片手をヒラヒラ振った。けど…、
「違う。鷹宮先輩が呼んでる」
「…は…?」
真藤の言っている意味がわからなくてその顔を見ると、意外にスラッと整った綺麗な指先が教室後方の扉を指し示していた。
後ろ?
導かれるままに振り向いた先には…。
「…う゛…」
ニッコリと微笑んだ鷹宮さんがこっちを見て手を振っていた。
こんな所で何してるんだよあの人は!
と思いつつも、その胸の内は考えなくてもわかる。
やっぱり秋との事だろう…。
出来れば近づきたくないけれど、あの人の場合、このままだと周囲の目も気にせずに普通に教室の中に入って来そうで怖い。
諦めて席を立ち、心なしか重く感じる足を動かして鷹宮さんの元まで歩み寄った。
「…こんにちは」
「こんにちは。僕が何を言いたいのか、敏い君にはわかってるよね?」
「敏くはないけど、わかってます」
にこやかな鷹宮さんと微妙に顔が引き攣っている俺。なんて対照的な二人。
「それなら話は早い。今日の放課後、僕の部屋までおいで」
「…行きたくないですけど、わかりました」
溜息と共に頷くと、鷹宮さんは満足そうに俺の頭をひと撫でして去って行った。
しばらくして、校舎内に鳴り響く始業チャイムの音。
瀕死状態の俺には、それがレクイエムのように聞こえて仕方がなかった。
夜、20時。
ドアベルを押したあと、鷹宮さんが出てくるまでの間になんとなく佇まいを整えてみる。
この部屋に来るのは、あの時以来だ。
今思い出しても、顔に血が上って頭が爆発しそうな程の出来事。
でも、今から鷹宮さんに話さないといけない事を考えれば、平常心を失ってなんかいられない。
とりあえず今はあの事を思い出すな。
そう自分に言い聞かせる。
そして、魔界…じゃなくて、鷹宮さんの部屋の扉がカチャリと静かに開いた。
「よく来たね。どうぞ」
「こんばんは。…失礼します」
ざっくりと編み込まれたニットにジーンズ。そんなカジュアルな格好でも気品が溢れているのはさすがだ。
鷹宮さんに続いてリビングに入り、促されるままソファーに腰を下ろす。
「何飲む?コーヒーと紅茶とココア。…あとは…」
「あ、いえ。飲み物はいいです」
ミニキッチンの前に立っている鷹宮さんの言葉を、途中で遮った。
途端に、それまではコーヒーなどが収められている棚を見ていた鷹宮さんの視線が、痛いほどに突き刺さる。
そのままお互いに無言で見つめ合ったのち、先に動きだしたのは鷹宮さんだった。
短く溜息を吐いて近寄ってきたかと思えば、俺が座っているソファーの斜め前にある一人掛け用のソファーに身を沈める。
本当はこれが普通なんだろうけど、いつもの距離感が距離感なだけに、離れて座るその行動に何故か妙な気持ちになった。
「ん?どうかした?」
「…いえ…。ただ、なんとなく、いつもは横に座るのにな…って…」
途切れ途切れにそう言うと、「あぁ」と一言呟いた鷹宮さんが、軽く握った手の甲を口元に当ててクスリと笑った。
足を組んで、ゆったりと微笑むその姿。
本当に一つしか違わないのかと疑ってしまうくらい色気のある様に、訳もなく鼓動が跳ね上がる。
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