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学園生活Ⅲ-22
「いま君の近くに座ったら、自分が何をしてしまうかわからないからね。自主的に深君の防衛をしようと思って」
「防衛…って…」
いったい何をする気なんだ…。
思わぬ返答に顔が引きつりそうになる。
でも、己の行動から俺を守ろうとしてくれているらしい鷹宮さんの気遣い?を無駄にしない為にも、早く話をした方がいいのだろう。
一呼吸おいて、改めて背筋を正して鷹宮さんに向き直った。
「…もう知っているかとは思いますが、秋と、付き合う事になりました」
静かに聞いてくれている鷹宮さんを見て、足りない部分を補うために更に言葉を重ねる。
自分が鈍過ぎて自覚がなかったけれど、たぶんかなり前から秋の事が好きだったという事。色々な要因が絡まりあった故の焦りと苛立ちの気持ち。部屋を変わる事になったという背景事情。そして、クリスマスの時に起きた秋との出来事。
鷹宮さんだからこそ、包み隠さずに全てを話した。
「………」
「………」
鷹宮さんは何も言わず、静寂が室内を覆い尽くす。
まるで何かの彫刻のようにピクリとも動かず、暫くして視線だけが僅かに伏せられた。
沈黙が痛くて、息が詰まる。
この息苦しさは、自分の身勝手さを自覚しているからこそ。相手に対してやましさも何もなければ、沈黙が痛いなんて事にはならない。
マイペースに見せかけて、実は人一倍周囲を気遣っている鷹宮さん。
そんな鷹宮さんの俺への気持ちを知り、そして、流されるように体を重ねた。
思わせぶりと言われても仕方がない行動。
恋愛感情とは違う気持ちで、鷹宮さんを大切だと思う。それなのに、馬鹿な俺は今この人を傷つけている。そんな自分が、悔しくて情けない。
…――そのままどれくらいの時間がたったのか…、続く緊張感に時間の感覚が麻痺しそうになった時、それまで全く動かなかった鷹宮さんが、伏せていた視線を上げて俺を見た。
「…良かった…。これで僕も安心してここを卒業できる。絶対幸せになるんだよ」
とても優しい微笑みを浮かべた、とても温かな言葉。
「…た…かみや…さん…」
どうしよう…、泣きそうだ。
俺は、優しくされる価値なんてない。今までの甘えた行動からすれば、ふざけるなと殴られてもいいくらいだ。
それなのに、この人は…。
グッと唇を噛みしめて俯いた。そうでもしないと、泣くのを堪えて歪む顔を見せてしまう事になる。
たぶん、そんな気持ちがわかっているのだろう。鷹宮さんはそのまま何も言わず、ただひたすら俺の心が落ち着くまで待っていてくれた。
それから暫くして、ようやく顔を上げて鷹宮さんと向き合う事ができるようになってからは、いつものように穏やかに世間話をした。
時おり、秋との事をからかい混じりに言われたり、夏川先輩の俺様行動を聞いて笑ったり…、とても楽しい時間。
こんな時間を持てたのも、鷹宮さんの優しさのおかげだと思う。
結局、二人で盛り上がっていろんな話を終えて自室に戻ったのは、23時近くになってからだった。
† † † †
Side:鷹宮
「桐生~、いる?」
音楽室。昼休みのいつもの桐生の居場所。
防音扉を開けて室内をグルッと見渡して声をかけると、階段状になっている席の一番奥で、何かが動いた事に気付いて視線を向けた。
桐生だ。
椅子を並べた上で寝ていたらしい。
上半身を起こしたかと思えば、こちらの姿を視界に入れた途端に大きく欠伸をかましてくれた。
遠慮がない間柄とはいえ、親しき仲にも礼儀ありという言葉を知らないのだろうか…。
なんて思っても、桐生にそんな言葉が存在していない事はよくわかっている。
「お前がここまで来るなんて珍しいな?どうせ天原の事で泣きにでも来たんだろ」
何も言ってないのに全て理解されているというのも微妙な気分だ。
昨夜、深君の前では物わかりの良い優しい先輩を演じ切ったけれど、胸の内はそんなに簡単じゃない。
ここまで惚れてしまった相手を、そう簡単に思いきれるわけがない。
でも、大切だからこそ彼を悲しませたくない。幸せになってほしい。
深く溜息を吐きだし、途端に重くなった足を引きずるようにして桐生の元まで歩み寄った。
「わかってるなら少しは優しくしてくれてもいいだろ。今日はお前の毒舌を聞ける気分じゃない」
そっけない口調で言葉を吐き、桐生の隣の椅子に座りこんだ。そのまま机に上半身を突っ伏して眼を閉じる。
「……なんか、全ての区切りの時期が来たみたいだな…」
月城からの卒業も含めて、いろんな意味での区切りの時期。ひとつの節目。
深君との縁をここで切るつもりはないけれど、もう恋人にはなれないだろう。相手が黒崎なら、想いの通じた二人が別れるなんて事はないはずだ。
深君の悲しい顔を見たくはないから、二人が幸せでいる事が一番いい。
それでも、行き場を失ってしまったこの想いが、まだ未練を残しているのも事実。
久し振りに受けたダメージに、さすがに少々参っている自分がいる。
「…好きなだけ落ち込めばいいさ。そこから復活した時にまた新しい何かに出会えるだろ」
珍しい桐生の優しい言葉。
温かく大きな手が頭をポンポンと叩くその感触が気持ち良くて、ホッと体の力を抜いた。
Side:鷹宮end
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