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学園生活Ⅲ-23

†  †  †  † 咲哉、真藤、薫、鷹宮さん。 ここまでくれば、更にもう一人、何か言ってくるだろうという絶対的な確信の持てる相手がいる。 宮原櫂斗だ。 考えてみればアイツがいちばん恐ろしい。何を言い出すか想像もつかないあげくに、今日まで姿を現さない事がそもそも怖い。 鷹宮さんと話をした時から2日程経った日の夜。 俺にしては珍しくホットレモネードが飲みたくなって、寮一階のロビーまで下りてきた。 毎回の事だけど、やっぱり今日もロビーに人気(ひとけ)はない。 自販機の前に立って目当ての物を探していても、宮原の事を考えるといつの間にかその動きも止まってしまう。 …まさか明日とか、突然教室に現れるなんて事はないだろうな…。 今までの事を考るとありえそうな予測に、自然と溜息が零れた。 コツコツコツ… 不意に、静かだったロビーに近づいてくる足音が一つ。 やっぱり少しはここを利用する人もいるらしい。 なんとなく親近感を覚えてロビーの入口に視線を向けた。 「…ぇ゛…」 親近感なんて全く湧かない、っていうかどっちかっていうと恐怖感? 徐々に近づいてくるその姿から、視線を外したいのに外せない。 「人の顔見て『ぇ゛』ってなんだよ」 「……気持ちがそのまま口から出た」 「あ?」 「……冗談です」 …って俺の方が年上なのになんでこうなるんだよっ。 相変わらず何を考えているのかわからない無表情に鋭い目付き。寮に戻ってきたばかりなのか、いまだ制服姿の相手。 宮原櫂斗。 片手をポケットに突っ込み、ネクタイは緩められ、ボタンが2ケ外されている襟元からはシルバーのネックレスが見え隠れしている。 着崩し方が絶妙で、男の色気みたいなものまで感じられる所は、ちょっとだけ羨ましく思う。 「何じろじろ見てんだよ。何か買うんじゃねえぇの?見惚れんのはそのあと存分にすればいいだろ」 「は!?…や、別に見惚れてないから!」 「へぇ…?まぁ別になんでもいいけど」 「………」 明らかに振り回されてる。情けなさに涙が出そうだ。 溜息を吐きながら、宮原の言う通りとりあえずショートボトルのレモネードを買ってそれを手に持った。 自販機から無糖のコーヒー缶を取り出している宮原を見つめて、自分から秋との事を切り出した方がいいのか…、それともやっぱり逃げた方がいいのか…、グルグルと思い悩む。 そんな俺に、宮原が怪訝そうな眼差しを向けてきた。 「なんだよ。マジで俺に見惚れてんのか」 「は!?いや、だから違うって!」 「……変な奴」 そう言ってフッと笑った優しい表情に、なんだか肩の力が抜けた。 なんで何も言ってこないんだ?まさか噂を耳にしてないはずないよな? 秋との事を一番煩く言ってくるのが宮原だと思っていただけに、何やら拍子抜けしてしまう。 そこで気が抜けたせいか、思わず本音がポロリと出てしまった。 「…だって、秋との事、何か言われると思ってたから」 …って何言ってんだよ俺は!これじゃ逆に何か言って欲しかったとでも言っているみたいじゃないか!そうじゃない!違う!言い方間違えた! 焦りすぎて何をどう言えばいいのかわからなくなる。 あまりに焦ったせいで手に力が入り、持っていたホットレモネードのボトルがベコっと小さく音を立てた。 絶対からかわれる、鼻先で笑って馬鹿にされるに決まってるッ。 でも言い直すための言葉が出てこない。 頭を抱えたくなる気持ちを溜息に変えて、早々に諦めたのは言うまでもない。 もうどうとでも言ってくれ…。 ムスッとして宮原を見ると、意外な事にそこにあったのは、何の表情も浮かべていない素の状態の宮原の顔だった。 「……?」 からかってこない事が意外過ぎて、首を傾げる。 すると、本当に訳がわからない…といった感じで宮原が口を開いた。 「…何か言ってほしかったのかよ」 「違っ…、そうじゃなくて。…いつもみたいに何か言われるのかと思って警戒してたから…さ…」 口ごもりながらそう返した途端に、何故か鼻先でフッと笑われる。 「…なんだよ」 「アンタ本当に俺の事わかってねぇな」 「へ?」 ポカンとした間の抜けた顔をさらした俺に、宮原にしては珍しく片手を伸ばして頭をグシャッと無造作に撫でてきた。 今まで宮原からされた事のない行動だっただけに、思わず固まる。 今度はいつも通りのニヤリとした笑みを浮かべた宮原は、その手をポケットに戻してから至極当然とした口振りで、 「アンタが誰とどうなろうが俺には関係ない」 ばっさり言い放った。 「…え?」 「俺は俺のやりたいようにやる。周りなんか関係ねぇ。だから、今アンタが誰を好きでも、最終的に俺を好きにさせれば問題ないって事だろ。だから特に言う事はない。俺がアンタを好きだって気持ちがある限り、誰とどうなろうが何も変わらない」 「お…前って…」 こういう奴だと思ってはいたけど、それでも面と向かって言われると、恥ずかしさを通り越して唖然とする。 おまけにそれって…、冗談とか遊びじゃなく、…本気ってこと? 鈍いと言われる俺にも、ようやくわかった。 手から落としそうになるペットボトルをしっかり握り直して、呆然としたまま口を開く。 「…もしかして、本気…だったの…か?今までの行動とか、全部…」 「は?…アンタ、今さら何言ってんだ」 宮原の顔が本気で呆れたものに変わった。そのあげくに「ここまで鈍いのも問題だな…」なんて低くハスキーな声でブツブツ呟いている。 …… ……… …………ど……どうしよう……。 本気だったなんて、…だって、絶対にからかわれてるだけだと思ってたのに…、遊ばれてるとばかり思ってたのに…。。 「本気って何だよ!?」 突然叫び出した俺の声に、宮原がビクッと肩を震わせた。そして、妙なモノでも見るようにこっちを見ている。 …あー…、思わず声に出してしまった…。 誤魔化すようにヘラっと笑ってみたけど、宮原の顔から呆れた表情が消える事はなかった…。 暫くたった後、何やら深い溜息を吐いた宮原は、手遊びするように缶を上に投げ、クルッと宙で一回転させてから落ちてきたそれをキャッチすると、一人でさっさと歩きだしてしまった。 いまだに頭が混乱した状態のままそれをボーっと見送る。 なんかもうどうすればいいのかわからない。 「…何してんだよ、部屋に戻るんだろ?」 少し先で足を止めて振り返った宮原が、いきなりそんな事を言い出した。 一緒に戻るつもりならそう言ってくれ!とか、なに一人だけ平然としてるんだよ!とか、色々言ってやりたいことはあったけど、結局どれも言葉にできないまま大人しく後を追って歩き出した。

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